レガホのブログ 

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「命の使い方」を教わりに。かなり大袈裟ですが。 やって来たのは、「播磨国総社 射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)」です。 〒670-0015 兵庫県姫路市総社本町190 http://sohsha.jp/under05.php こちらには射楯大神(いたてのおおかみ)と兵主大神(ひょうずのおおかみ)を御祭神とされており、歴代の守護職や城主からも姫路鎮護の社として篤い崇敬を仰がれていたそうです。しかしながら、昭和20年には戦争の渦に巻き込まれ、奉献された多数の宝物が消失してしまいます。 「射楯大神」​は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子神で、日の本の国土を緑豊かな国にされた植樹の神様だそうです。勝利や幸福へ導く道開きの神様でもあるそうです。 「兵主大神」は大己貴命(ひょうずのおおかみ)と称して大国主命・七福神の大黒様と呼ばれているそうです。 NHK大河ドラマでも有名な黒田孝高こと黒田官兵衛、またの名を黒田如水。 この黒田官兵衛の父、職隆も拝殿や神門を再建したり、官兵衛も制札を与えるなど行い、保護に努めたそうです。また、豊臣秀吉より自身の旗を立てることを許されたため、父子共にここ播磨国総社で7日間にわたり祈祷を行ったそうです。 ※制礼=禁止事項や布告などを書き記し道端に建てる札 薬屋から身を立て、小寺家に拾ってもらったような身分の小さな小さな黒田家。 世は戦国。生き残りをかけた日々で情勢に振り回されるのが必定。何時滅んでもおかしくない、死と隣り合わせの最中、愛する人を失った失意の官兵衛に祖父の重隆が叱責します。 「このたわけ者!命を無駄に使うでない!お前は命の使い道をわかっておら

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大分県訪県中最後に絶対見ておきたかった場所。「中津城」です。 〒871-0050 大分県中津市二ノ丁本丸 別名:扇城 ここ中津城も、多分に漏れず、幾多の試練を時代と共に駆け抜けて参りました。 築城主は黒田孝高(軍師:官兵衛)であり、完成させたのは細川忠興と伝えられています。その後は小笠原氏、奥平氏へと受け継がれていますね。現在ある天守は昭和39年(1964年)に旧藩主奥平家が中心となって市民からの寄付金と合わせて築城されたものです。日本三大水城(今治城「愛媛県今治市」と高松城「香川県高松市」)の一つ。 特徴的なそのフォルムは、石垣から張り出した傍射装置のあるお城ですね。 実際の所、現在のお城は、模擬天守であり、もともと天守があったのか、どの位置にあったのか等は正確には解っていません。再建時は、山口県にある萩城をモチーフにして建てられたお城なのです。 そして、悲しい事に、奥平氏の子孫が運営する会社がこの中津城を所有していたのですが、台所事情が厳しく、2010年に福祉事業会社に転売されています。 九州平定を成した豊臣秀吉から、豊前六郡を与えられた黒田孝高は築城を開始しますが、地元の反発にあい、工事が進みません。そのさなかに起こった「関ヶ原の戦」で多大なる功績を残した黒田家は筑前52万石に大抜擢され、工事途中で中津の地を去るのです。続いて中津を領有したのが細川忠興なのですが、その翌年には小倉城を本拠としたため、嫡男の忠利が再建を始めます。その忠利も肥後熊本へ転封し、以後明治維新までは奥平氏によって領有されます。 三河の国の小さな豪族だった奥平家が10万石の大名に名を連ねる事が出来たの

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日本の城ランキングNo.5位になったことのあるお城 「岡城」跡 〒878-0013 大分県竹田市大字武田2889 大分県にはお城跡が多数あります。今回は、中でも立派な石垣で有名な山城である岡城址に参りました。岡城は標高325mの山に聳える難攻不落の堅城で有名です。豊臣秀吉の命で初代藩主:中川秀成が文禄3年(1594年)に石造りの城に造り変えたと言われています。その後、400年の長きに渡り君臨し続けるのです。 もともと岡城は、1185年に武将 緒方三郎惟栄が、源頼朝(幼名は鬼武者)と仲違いをしていた弟の義経(幼名は牛若丸)を迎える為に築城したそうです。しかし、惟栄が大物浦(現在の兵庫県尼崎市大物町にあった淀川の旧河口)を出航しようとしていた際に頼朝側にて捕縛。現群馬県上野国の沼田荘に流されてしまいます。 では、その後はと言うと、1369年豊後国守護大名であった大友氏の分家で志賀氏の居城となった。時は流れて1586年から翌年に掛けて、大友氏により薩摩方面への勢力拡大を図るため南下したことがきっかけとなり、両者は九州全土の覇権争いに突入。「豊薩合戦」が勃発。薩摩軍の統率の取れた圧倒的な戦力に対し、大友側の内情はすこぶる悪く、内乱や離反が相次ぎ、戦にも負けが込んできます。 豊後・筑前・肥前・築後・豊前・肥後の6か国にまたがっていた大友領で次々と反乱が起こってしまいます。 薩摩軍を率いる島津義弘は3万の軍を率いて肥後路から豊後に攻め入り、高城・鳥岳城・津賀牟礼城・高尾城・片ヶ瀬城・田中城・小牧城が陥落し諸城を攻略される中、この時、齢18の志賀親次だけは、ここ岡城を守り抜いたのです。 岡城

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室町時代初期、木村氏によって八坂川の河口にある台山の上に築かれた「杵築城」です。〒873-0001 大分県杵築市杵築16番1 1394年に2年の歳月をかけて築城された杵築城は、三方を海に囲まれた小島の高台にあり、天然の要害としての機能や、干潮時にだけ西に開けた陸地と行き来できると言った特殊な立地で、城の警備としては素晴らしかったものの、自然災害による被害も多く、九州平定後の1645年に藩主となった松平英親により、幾多に及ぶ幕末の戦乱時を乗り越えたこのお城も、慶長20年(1615年)大御所である徳川家康の命により発令された「一国一城令」により台山の主郭部は破却され、城郭機能は台山北麓の居館に移されました。現在あるのは模擬天守です。 「酢屋の坂」 戦国時代に入った頃、大友宗麟と島津義久(子:義弘)との戦の舞台にもなりました。ある時、豊臣秀吉の九州征伐に先駆けて、九州統一を目論む島津方は3万の大軍を率いて豊後の諸城を次々と攻め落とします。杵築城へも攻め寄せますが、2ヶ月に渡る壮絶な籠城戦の末これを退けます。「勝山城」と言わしめた戦です。その大友氏も、二代目義統の時代に朝鮮出兵の際、敵の大軍襲来を受けて、持ち場から戦線離脱したことがきっかけで、秀吉より改易を命じられ大友氏の事実上滅亡となります。 ここ杵築城下町には見どころが一杯あります。全国で唯一と言われる「サンドイッチ型城下町」形式。小高い山々に囲まれた城下町では、杵築城を中心に山手に武家屋敷、谷側に商店を配置しており、山手から見下ろすと、サンドイッチ状に挟まれた凸凹状に商人たちが暮らしているように見えることが由縁だそうです。この石

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〒872-0102 大分県宇佐市大字南宇佐2859 八幡総本宮「宇佐神宮」 境内は史跡として指定 本殿の3棟は国宝指定 ご祭神(主祭神) 一の御殿 八幡大神(はちまんおおかみ)「誉田別尊(応神天皇)」 二の御殿 比売大神(ひめおおかみ)「多岐津姫命・市杵嶋姫命・多紀理姫命」 三の御殿 神功皇后(じんぐうこうごう)「息長帯姫命」 主祭神は上宮・下宮双方に祀られています。が、主神は一の御殿「八幡大神」なのですが、本殿の主神の位置には八幡大神より古くから土着の神様である二の御殿「比売大神」が鎮座しておられ、その理由は謎だそうです。 570年頃に、一つの体に8つの頭を持ち、鍛冶仕事をする翁がいると言う噂があったので、大神比義(大神氏の祖)が見に行くと、かわりに金色の鷹がいたそうです。「誰かに姿を鷹に変えられてしまったのか」と聞くと、今度は、金色の鳩となったそうです。 これは、「神」だと知り、数年かけて(穀を絶つこと3年)祈り続けたところ、ついに三才童児に姿を変えた譽田天皇廣幡八幡麻呂(応神天皇)が現れ、我が名は「護国霊験の大菩薩」と託宣があったとされています。 その後、725年に宇佐亀山に一之殿、4年後に二之殿、823年に三之殿が造営され現在の本殿が完成したそうです。 時代は奈良時代から平安、鎌倉、室町を経て安土桃山の戦国時代には豊後の大友宗麟と中国地方の大内氏(後の毛利家)との戦に巻き込まれ、社殿が消失したりしたそうです。 その戦では、大友を打ち破った毛利側に軍配が上がるも、後の「大寧寺の変」で家臣の謀反により大内家が滅亡し、再度大友家によって焼き討ちに合う等しているようです。 豊臣

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〒878-0201 大分県竹田市久住町大字久住4050 「くじゅう花公園」http://www.hanakoen.com/ 通常時営業時間:8:30~17:30(気象状況等により変更有) 休園日:冬季以外基本無休 2003年8月にオープンした敷地面積20万㎡(20㌶)の標高800mに突如として現れるここ「くじゅう花公園」は、季節に応じて色とりどりの花が一面に広がり、辺りを柔らかな花の香りでいっぱいにしてくれます。その数なんと約500種の約500万株! 敷地が広いので、駐車場も大きくとってあります。一見、駅にも見えるエントランスには、お土産売り場はもとより、ガーデンショップや写真ギャラリー、ドライフラワーショップやラベンダーのジェラート等がいただけるお店が軒先に連なっています。 咲き誇るとはこのような光景を指すのでしょう。しかもこの日は天候に恵まれて、日本百名山にも数えられる久住山を背景に、また反対側にも阿蘇五岳を望む事ができました。空気も澄み切ってとっても心地よい場所です。行った事はありませんが、アルプスのハイジになったような気分でした。 地面がこんなに彩られている事が嬉しくなってきます。自然の光で自然に見る事が出来る花々はどうしてこんなに鮮やかで、艶やかで、煌びやかで、輝くのでしょうか。小さな虫や蝶や蜂が所々を渡り飛んで行く景色も、都会ではあまり見る機会もないですね。 本当に色とりどり。一つとして同じものはありませんが、みんな精一杯太陽の光を取り込もうと上へ上へと延びてゆく様子がうかがえます。変な話美味しそうにも見えちゃいます。甘いフルーツのような。 チューリップだけでも何種

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「日本の滝100選」であり、2017年6月「日本ジオパーク」に認定されています。 「原尻の滝」http://harajirinotaki.grupo.jp/ 〒879-6631 大分県豊後大野市緒方町原尻936番1 ジオパークとは、「地球・大地(Geo)」と「公園(Park)」を組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球を学び、丸ごと楽しむ事が出来る場所を指す様です。 大地の上に広がる、動植物や生態系の中で、私たち人は生活し、文化や産業などを築き、歴史を育んでいます。ジオパークではこれらの「ジオ」・「エコ」・「ヒト」の三要素の繋がりを楽しく知る事ができて、そういった場所をジオサイトに指定し、多くの人が将来にわたり地球の魅力を知って、且つ利用できるように保護を目的としているようです。 「日本ジオパーク」は2020年時点で43地域もあるそうです。そのうち9地域がユネスコ世界ジオパークに認定されているようです。北は北海道「洞爺湖有珠山」をはじめ、静岡県「伊豆半島」、高知県「室戸」、熊本「阿蘇」等もそのうちの一つ。ユネスコの定める基準に基づき認定される場所は、世界41か国、147地域にあるそうです。 「東洋のナイヤガラ」と称される原尻の滝に向かう前に「道の駅 原尻の滝」があります。ここでは産地直売の野菜や果物が所狭しと並んでいます。周辺は長閑な田園風景が広がり、大きな水車を持つ茅葺屋根の家なんかもあってとても癒されます。季節によっては「チューリップフェスタ」や「小松明火祭」、「川越祭」で賑わうそうです。 国内には、「ナイヤガラ」と呼ばれて親しまれている滝が他にもあるようで、鹿児島

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〒878-0404 大分県竹田市直入町大字下田北1319番1 「小津留海原神社」水の駅おづる 海原六神社はその名の通り祀られている神が「底津少童命」「中津少童命」「表津少童命」「底津筒男命」「中津筒男命」「表津筒男命」と六神。但し、皆、海の神様なんです。別府湾から車で50分、歩くと6時間近く掛かる山間に何故海の神様が祀られているのか・・・。ちょっとミステリアスですね。 日本書紀には、少童命(わたつみのみこと)との記載があるらしく、その語源は、「わた=海」「つ=の」「み=神霊」となり、海の神様となるそうです。日本神話では、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の二神の間に生まれた六貴子が、海を治めるように命じられたとか。 毎分4~5tの湧水、水の駅には売店などもあって、地域住人の憩いの場でもあり、人の出入りも多く、他府県ナンバーの車も散見できるくらいココの水は美味しんだとすぐにわかりました。

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〒879-4332 大分県玖珠郡玖珠町大字山浦618 「慈恩の滝」 ここ慈恩の滝は落差30mに及ぶ二段滝となっており、同町にある「桜滝」と「観音の滝」とともに「天瀬の三瀑」と呼ばれているそうです。瀑=滝・瀧の意 慈恩の滝は「裏見の滝」として見どころがある滝です。当たり前ですが、滝は高い所から低い所に落ちてきます。しかし、この地に降りて、じっとその光景を眺めていると、なんと不思議なことに、滝壺から光り輝く「龍」が今まさに昇っているように感じる事が出来るのです。 ここが滝の裏側です。「ドドドドー」っと唸りながら、水飛沫を上げて舞い上がっていく「龍」ように感じるのは私だけではないと思います。迫力がすごすぎます。裏側に回り込める滝はそうそう多くはないですよね。 昔々、病気で苦しんでいる龍を若い僧侶が手当てして癒したという伝説があるそうです。村人たちはどうする事も出来ず、若い僧侶に相談したそうです。僧侶はこの滝の裏に回り込み幾日もお経を唱えていた時、今にも死んでしまいそうな龍が現れ、その傷付いた体を僧侶に見せて、原因がわかった僧侶は、手厚い治療をしてあげたと伝わっているようです。 元気を取り戻した龍はこうして天に昇っていったのだと、そんな風にこの写真を見ると「なるほど、そう見える」って思いますよね。ね? 天領日田に続くこの街道沿いは、やはり水がきれいなのでしょう。みずみずしい苔が辺りを一面覆うようにむしています。ただし、結構滑るので足元にはご注意くださいね。

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国指定天然記念物「風連鍾乳洞」https://www.furen-shonyudo.com/ 〒875-0351 大分県臼杵市野津町大字泊1632 お正月に訪れた日本3大鍾乳洞「〒754-0511山口県美祢市秋芳町秋吉秋吉台【秋芳洞】」に続く、鍾乳洞第2弾。 鍾乳洞は、世界でも数多く発見されており、化学、生物学、地質学、地形学、気象学、地図学、水分学、古生物学、考古学等のあらゆる分野の研究がなされています。 世界最古の洞窟は、オーストラリアの世界遺産「ブルーマウンテンズ」の近くにある鍾乳洞群「ジェノランケーブ」という鍾乳洞で、3億5000万年の歴史があると言われているようです。 地域や気候などの影響で異なるようですが、鍾乳石が1cm伸びるのに約50年~100年かかるため、1mだと5000年~10000年。気が遠くなります。あまりにも美しい写真を見ていると、是非生きている間に色んな鍾乳洞を見てみたいものです。 洞窟とは岩石や山にある竪穴・横穴の洞穴全般を指すようで、鍾乳洞も洞穴の一つとされているそうす。他との違いは石灰岩が長い年月を掛けてゆっくりと侵食されて出来上がる洞窟とされています。 その侵食の際にできる、自然が作り出す色や形が、何とも言えない造形美を演出してくれるのです。 形状から名前までついてます。ストロー・つらら石・カーテン・ヘリクタイト・フローストーン・石筍・リムストーン・ケイブパール・石柱・シールド。 世界最大とされる石筍はベトナムのソンドン洞にある高さ70m超とか。 日本では、洞窟は信仰・祭祀・修業の場や、居住・墓地として利用されたり、年中定温の環境であったことか

in大分県⑩

〒872-0722 大分県宇佐市安心院町南畑2番1755-1 「アフリカンサファリ」http://www.africansafari.co.jp/ 「生態環境の再現」と「本来持つ生態」が、アフリカンサファリのコンセプト。 サファリパーク形式として日本最大級の動物園で、総面積は115万㎡もあるそうで、そこに約70種に及ぶ動物たちと出会う事が出来るんです。 醍醐味は園内を行く「サファリバス」コースと「自家用車で乗り入れる」コースが用意されています。夏休みシーズンにはナイトコースもあったりして、間違いなく興奮爆発ですね。他にも「動物ゾーン」や「ふれあいゾーン」等もあって、小動物の観察や、実際手に取って抱っこしたり、撫でたりもできちゃいます。 「アメリカバイソン」別名:アメリカヤギュウ・バッファロー ここアフリカンサファリでは、生息環境を徹底追及されていて、「山岳」「草原」「岩場」「林間」「水辺」「砂場」の計6つの組み合わせで自然を再現している為、「ここって日本だよね?」って思わせてくれたりします。一般的な動物園とは一線を画して人気があるのがよくわかります。 アメリカバイソンをこんな近くで見るなんて、衝撃です。優しい目とは裏腹に、階級社会で生き抜く種の動物の為、繁殖期にはオス同士の壮大で壮絶な争いが繰り広げられるそうです。オスの平均体長は3~4m、体高は170前後、そして体重は900kgに至るものまでいるようですが、この巨体が時速60kmを超すスピードで8kmの距離を走る事が出来る草食系の哺乳類とは驚きです。喧嘩となればまさに地響きどころではなさそうですね。バイソンはヒグマにも勝てるそ

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〒879-4911 大分県玖珠郡九重町大字田野 「九重 夢 大吊橋」http://www.yumeooturihashi.com/ 平成18年10月30日にオープンした「九重 夢 大吊橋」は長さ390m、高さ173m、幅1.5m。当時の歩道専用の橋として「日本一の高さ」を誇る吊橋です。 吊橋の中央辺りから目前に現れる滝は、日本の滝百選に名を連ねる「震動の滝・雄滝」と「雌滝」を望む事が出来ます。橋の真下には筑後川の源流域を流れる鳴子川渓谷の原生林が茂り、遠方には三俣山と涌蓋山を代表とする「くじゅう連山」が取り囲んで絶景が広がりを見せてくれます。 吊橋に向かう前にはグルメなお店がお出迎えしてくれます。名物は大分豊後牛を使用した「モモガ―」というご当地バーガーや、地元のイノシシを具材に取り入れた「シシガー」も人気だそうです!元々は、2008年に「九重 夢 バーガー」という名で、姉妹都市の長崎県佐世保市の認定制度を参考にして発売されたとか。高所恐怖症のわたしは、せっかく美味しいバーガーを頂いても、吊橋上で何かあってはいけないと、帰りに頂くことにしました。情けない・・・。 ここまでは車で相当山を駆け登ってくるわけですから、結構な高さの山であることは承知して、いや覚悟してきましたが、到着するや否や、広大で平坦な敷地で解放感と大自然が目の前に広がりを見せてくれました。テクテク歩いて行かないと吊橋の袂には到着しませんので、恐怖心は影を潜めています。 袂に到着してすぐに、足元が震え始めます。しっかりとした手すりや、堅個で丈夫な太いワイヤーで支えられてはいるのですが、幅員が1.5M。しかも歩道の中

in大分県⑧

〒876-1401 大分県佐伯市米水津大字浦代浦680番地 「しらす料理の豊洋丸」 もう一度、いやいや何度でも行きたいお店がここ大分県佐伯市にあります。 ここで頂ける新鮮な海の幸「しらす」は、漁師直営で、「一艘曳」の珍しい漁をされていらっしゃる逸品なんです。「一艘曳」とは、一艘の船でロープの先につけたブイを置き、そこから網を掛けて回り、その場で網を引き揚げ、瞬時に大量の氷で魚をしめるため、鮮度も良く生食として喜ばれるのです。ちなみに、ニ艘曳が悪いわけではないですが、大量に捕獲するため、二艘の間に網を張り、長い時間走って漁をする方法です。しらすはとても小さく、網に掛けようとすれば、必然的に網目は小さくなります。ひとたび、引き揚げようものなら、海水も一緒に引き上げる為、相当な重量が掛かるのではないかと思います。ご存知の方は教えてくださいませ。大変な仕事だと思います。 この港の前面道路を挟んで反対側にお店があります。しらすの漁は、ここ大分県だけに限ったわけではありません。漁獲量1位で言えば、兵庫県淡路市であったり、2位には愛知県篠島、静岡県富士市も有名どころです。国内では太平洋側に面した西日本でよく獲れるようです。港を目の前に、山と海に囲まれながら、外で食べることができる、個人的独断的総合判定1位がこちらのお店なんですね。皆さん、しらすって何の稚魚かご存知ですか?そうです、イワシ、主にはかたくちイワシなんです。元々は、ウナギや鮎、イカナゴやニシンの稚魚の総称だったようです。小さく半透明な稚魚はとても傷付きやすく、こちらのお店では大切に扱われていました。 しらすの旬の時期は、5~6月の

in大分県⑦

今回、訪れたのはこちら。 〒877-0006 大分県日田市港町3-29 「いた屋本家」 江戸時代創業のこちらのお店は、日田市の中でも江戸幕府直轄地時代の歴史的名残が色濃く残った豆田町の一角にございます。 創業160年の老舗中の老舗。川魚専門料理を掲げて、国産うなぎを、代々継ぎ足された秘伝のタレで焼き上げる「うなぎのせいろ蒸し」は看板メニューであり、「あゆの釜めし」も名物と云われる逸品です。 現在では、5代目店主がお店の暖簾を守っているとの事です。 早速、お店を調べてお伺いしたのですが、道中、歴史を感じる街並みになんとなく時代をタイムスリップした感じを受けました。それもそのはず、近くを流れる花月川の北側には本能寺の変があった年の1601年に築城主:小川光氏によって建てられた永山城跡があり、そこから南に御幸通りと上町通りの街道が走っています。 酒造店や日田醤油店、米穀店や下駄屋さん等、たくさんのお店が白壁造りで歴史を感じる建物ばかりが軒を連ねていました。 店内は、静かで非常にきれい、っというか、空気が張り詰めているような、非常に「澄んでいる、澄み渡っている」と言った印象です。束石や梁も硬固でドシッとした印象です。 店主様のコメントを引用させて頂くと、「うなぎの湯引き」は、さばいてから器に盛られるまでに、何と3日間を要するそうです。つまり、3日後を予測して準備をする必要があるとの事。これは難しい。3日後にピークを迎える一番の食べごろの料理をお客に味わってもらう。このような料理って聞いたことがないです。 この料理の肝は熟成です。まず、背中の部分から包丁を入れて開き、表面の滑りを取り除く

in大分県⑥

〒871-0053 大分県中津市古魚町1645 「中津からあげ からいち総本店」http://www.karaichi.net/ 大分県と言えばもう一つ。そう、唐揚げです。 もともと、中津市内に唐揚げの専門店はなかったそうです。では、なぜ今この中津が「唐揚げの聖地」と呼ばれるに至ったのでしょうか。 今でも、九州地方において「福岡の鶏水炊き」「大分の鶏天」「宮崎の炭焼き地鶏&チキン南蛮」は超有名です。しかしながらここ中津には鶏にまつわる郷土的なものはありませんでした。あるのは、「日本が戦後の食糧難対策として国が養鶏を奨励し、中津市内に養鶏場が多く存在した事」や「旧満州から帰還した方が中国の鶏料理を再現する事が出来た事」でした。そんな中、1970年7月。とうとう大分県中津市三光原口653にお店を構える「総本家もり山」が初代の専門店として誕生しました。紆余曲折、試行錯誤の末ここから一大ブームが加速します。2010年には聖地中津からあげの会が誕生し一大ブランドとしての地位を獲得、現在では「からあげフェスティバル」などの催しが開かれ、2019年には総重量1.6トンの唐揚げが振舞われました。http://karafes.com/karafes/nakatsu/ 〒871-0024 大分県中津市中央町2丁目7番61 「チキンハウス中津本店」https://www.chickenhouse1989.com/ 現在では、中津市内だけでも専門店は30店舗以上あり、名実ともに「聖地」となっていますが、裏を返せば超激戦地。生き残りをかけた熾烈な争いが繰り広げられているのでしょう。よって、どこのお店もオ

in大分県⑤

〒874-0000 大分県別府市大字鉄輪559番1 別府と言えば「地獄めぐり」 ですね。http://www.beppu-jigoku.com/ そもそも、別府と聞けば、温泉都市で湯煙があちらこちらで立ち昇る風光明媚な景色を連想する方も多いのではないでしょうか。「泉都」とも称される別府市は鶴見岳と伽藍岳(どちらも活火山)があり、そこから湧き出るお湯の源泉数と湧出量が日本一!なのです。驚くべきはその泉質が多岐にわたる事。(単純温泉・二酸化炭素泉・炭酸水素泉・塩化物泉・硫酸塩線・含鉄泉・含アルミニウム泉・含銅泉・酸性泉・硫黄泉・放射能泉)※放射能泉は入浴用途には利用されていません。 別府市内の火男火売神社にて温泉を恵む神として「火之迦具土神」と「火焼速女命」の男女二柱の神が祀られています。余談ですが、調べによると日本神話の神「伊邪那岐」と「伊邪那美」の間に生まれた神が「火之迦具土神」。日本書紀では「軻遇突智(かぐつち)」と呼ばれる神なのですが、出産時、火の神であったために伊邪那美を大火傷させて死なせてしまい、激昂した伊邪那岐によって殺されたそうです。驚くべきは、火之迦具土神の流れた血から8神、その死体から8神が生まれたとか。 別府温泉は既に鎌倉時代には湯治場として利用されており、後の戦国武将「大友宗麟」の先祖である大友頼泰はこの温泉をしっかり整備させていたそうです。 江戸時代には、幕府御用達で専売品として「明礬(消臭剤・制汗剤)」が独占的に生産され、竹細工なども国の伝統的工芸品として指定されるなど、温泉からの副産物でも活気をみせていたそうです。 街のあちこちで見かけるキャッチフレー

in大分県④

〒870-0802 大分県別府市大字神崎字ウト3078-22 「大分マリーンパレス水族館 うみたまご」https://www.umitamago.jp/ 大分県は見どころいっぱい!約500種 約15000の動物たちが暮らしています。 ここ「海たまご」は、来場客がわかりやすいように幾つかのゾーン「海獣」・「魚類」・「ショー」・「バックヤード」を設けて、見学できる工夫がなされていました。※一部写真は「大分マリーンパレス水族館 うみたまご」HPより引用 2005年には動物テーマパークランキング(水族館部門)全国第2位! 2013年には「行ってよかった動物園&水族館ランキング」第6位! 1964年設立の前身である旧「大分生態水族館マリーンパレス」時代は、開館から7年連続の国内入場者数1位で、世界初の「潮流式回遊水槽」を実現しています。 「怪獣ゾーン」では「セイウチ」・「トド」・「オットセイ」・「ゴマフアザラシ」・「ハイイロアザラシ」・「バンドウイルカ」・「ハセイルカ」・「マダライルカ」・「ハナゴンドウ」・「コツメカワウソ」・「マゼランペンギン」等がお出迎えしてくれます。※訓練中等で会えない場合もあるようです。 動物は、見ているだけで癒されます。もちろん飼育されている動物ですから、野生の状態とは違うのでしょうけれど、その愛らしい眼差しからは生きることの意味を教えてくれている気になります。自然界の動物は無用な争いをしません。それは病院がないからかもしれません。傷付いてもそのまま自然治癒に任せるしかなく、誰も助けてはくれないからでしょう。「あーあ」とか「でも」とか「やっぱり」とかって考えたり

in大分県③

今回訪れたのはこちら。 フランス菓子パニエ 大分県速見郡日出町3846番地17 http://www.kyushu-cake.com/oita/panier/ 1995年6月移転オープンされたこちらのお店。 豊食の現代において、美味しいケーキ屋さんや有名なお店は数知れずあります。 もちろんどのお店も「商品」が命であるかと思いますが、此方のお店は、お店周りから楽しませてくれるちょっとした気配りが嬉しいんですね。 行けばすぐにわかりました。お客様に愛され、支持されていることが。とにかく列が続きます。イベントが有る日でもなく、昼過ぎの日の高い時間帯ですよ。びっくりしました。いつも思うことですが、「美味しい物」の「良さ」って何なのでしょう。提供側は、徹底的に味やデザインを追求するため、その素材を原産地から厳選したりして日々の努力と苦労とゴール無き挑戦と、且つ、諦めることのない味へのこだわり。そして、そこまで追及してできた我が子のような商品を、またその思いを世の中の人々に広く知ってもらい伝えてゆく営業(伝承者)も必要不可欠となりますよね。 そのことを、私はあまり知らずにいるんですよね。「あたりまえでしょ」って言ってしまえばそれまでですが。資本主義の世の中、弱肉強食、強い物が生き残り、弱い物は死んでゆく。正直、場所が良ければ、近くに寄ったついでに購入するお客様や、テナント側の協力で集客を得たり、「ほっといてもこの通りならお客さんが来るよね」的なお店もあるように思います。 しかしながら、列を作るお店には、やはり「何かが違う」「他とは違う」ものがきっとあるんだと思います。それは「商品力」だけで

in大分県②

今回のおすすめグルメはこちらのお店です。 「archetto」https://www.facebook.com/archetto256080/ 〒874-0924 大分県別府市餅ヶ浜町9番41号 本格派の代表 本場イタリアンを食したいなら是非お勧めしたいお店です。実際、美味しすぎて3~4回利用させて頂きましたが、何度でも足を運びたいお店です。 「旬野菜のバーニャカウダ」 「イタ飯屋アルケット」は2012年7月に同市内から移転オープンした本格派イタリアンレストランで、店主のこだわりが強く、厨房内にある石窯を設置する際に断熱の床・溶岩炉の床・断熱材以外全て手作りだそうです。 「殻ごと食べれる小エビのニンニクオイル煮」 店内にある装飾品や、照明から看板に至るまで全て店長自らプロデュースされているらしく、雰囲気も最高です。 「砂肝ときのこのアヒージョ」 ちなみに、イタリアではピザ職人は「ピッツァイオーロ」と呼ばれ、ピザ職人検定まであるなんて今まで知りませんでした。余談ですがパスタ職人は「パスタイオ」、デザート職人は「パスティッチェーレ」だそうです。舌が縺れそう・・・。 「マルゲリータとクワトロ・フォルマッジのハーフ&ハーフ」 ストウィツィキーノ・・・一口前菜 アンティパスト・・・・・前菜 プリモピアット・・・・・前菜の次に出てくる料理の意(パスタやリゾットが定番) セカンドピアット・・・・メイン料理 魚料理はペッシェ 肉料理はカネル ドルチェ・・・・・・・・デザート 「メランザーネ」 続いて料理人の呼称もご紹介 カポクオーコ・・・・・料理長 ガルド・マンジェ・・・アンティパストを担当す

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