戦国の梟雄(きょうゆう)


逆襲の三好家

〒661-0003 兵庫県尼崎市富松町2丁目13

残忍で勇猛な人物を「梟雄」といいますが、戦国時代は皆がそうでなければ滅亡するという過酷な時代背景がありますよね。


1.成り上がるためなら自身の名前を何度も変えては乗っ取りを繰り返し、あげく主君をも滅ぼして城主にまで上り詰めた「斎藤道三


2.織田信長に対し3度も裏切りを繰り返したあげく将軍をも暗殺した「松永久秀


3.時代の流れに巻き込まれたとはいえ、亡き父を追い込んだ仇討ちのため主君を打ち取り将軍までも追放した「三好長慶


4.石仏を城の礎にし、僧侶や檀家、女子供までも殺してしまう怪怪奇奇なる性格で有名な「織田信長


5.毒を盛るなど残忍な所業は当たり前、嫁がせた娘の婿を平気で暗殺。実弟に「兄と会う時は鎖帷子を着用する」とまで思わせた「宇喜多直家


ここ富松城は「三好家」と「三好長慶」に係わるお城です。

畿内を支配する「細川家」の内乱

三好家はもともとは細川家の配下でした。細川家当主「細川高国」の時代は足利将軍家もお飾にすぎない扱いを受けており、実質は裏幕府の実力者となっていました。


いつの時代も繰り返すものです。「周辺諸国に敵なし!」になったら跡継ぎ争いが勃発。なぜ同じことを繰り返すのでしょうか。「」でしょうね。


同じ細川家の「細川晴元」が当主「細川高国」と戦を続けていたころ「三好元長」は「細川晴元」側の側近でした。


もともと富松城は「細川晴元」側に付いていた「薬師寺国勢」という人が築城したといわれています。そのかなり後、越水城(西宮にある城)の合戦では「細川高国」がここに陣を引いていることから既に所有者が移っていたと言うことになります。


ややこしいのですが、その数年後には再度富松城は「細川晴元」の配下にあります。そして更に「細川高国」側が攻め入りまたまた所有者が変わります。


そしてついに時代が動きます。「細川高国」はあるとき自分の重臣を謀殺してしまうのです。その反乱によりとうとう京都から追いやられて自害。最後の所有者は「細川晴元」のものに・・・。じゃあないんです。その後がなんと「三好長慶」なのです!


人気者ですね~「富松城」は。何度も奪い合われて男泣かせ名城ですぅ。ではなく、北の「伊丹城」・南の「尼崎城」・西の「越水城(西宮市)」の中間に位置するため通信や防衛の要だったのです。

「はぁ?なんやねんそれ!」が起こります。

これまで打倒「細川高国」を掲げ「細川晴元」のもとで粉骨砕身働いてきた「三好家」にとって許されざる出来事が起こります。


何と「細川晴元」は「細川高国」が擁護していた将軍「足利義晴」を許してしまい、且つ、それまでこちらが擁立してきた「足利義維」をなかったことにしようとするんですね。


まさに「はぁ?なんやねんそれ!」です。ここから「細川晴元」と「三好家」に大きな亀裂が生まれてしまいます。


しかし出る杭は打たれるわけです。力の差もあり、とうとう「三好家」当主「三好元長」は自害に追い込まれてしまいます。


しかしそこから「はぁ?なんでやねん!絶対許さん!」と立ち上がる三好4人兄弟!一旦は淡路島に逃れて力を蓄え密かにその時をひたすら待ち続けるのです。


期は熟しました。ついに反旗を翻します。「三好長慶」が細川家に対して「父、元長所領であった土地と権利の返還を請求する!」と。戦が勃発しますが、将軍家の調停が入って和睦。和睦の条件は摂津の国を所領させてもらう事。(将軍の調停が入るくらい力を蓄えていたんですね、執念とは恐ろしい力を与えます)


歴史上これで終わることも多いのですが、「三好長慶」はそれとは異なる男でした。一旦は父を追い詰めた「細川晴元」に敵対する「木沢長政」を討ち滅ぼし、さらには「細川高国」の生き残り武者を一掃して謀反の気概などまったくないように装います。


しかし、裏では「細川高国」の後継者である「細川氏綱」と密約し、同じ三好家の裏切り者「三好政長」を討ちとります。これで「仇討ち50%完了


その勢いのまま京都にいる「細川晴元」に進撃し将軍もろとも近江へ敗走させます。これで「仇討ち100%完了」ミッションコンプリート!


しかーし、残念なことが・・・。4人兄弟が淡路島に逃れていた時に、力を貸してくれた恩人がいました。それは同じ細川家でも、阿波国にある細川家の当主「細川持隆」です。


細川持隆」は三好4人兄弟の気持ちを汲んでくれていました。おなじ細川家でありながら「細川晴元」の取った裏切り行為は「けしからん」だったのです。


にもかかわらず、「三好長慶」は敵を欺き全く同じことをして討ち滅ぼしてしまったため、「細川持隆」はこのことについて非難します。(当たり前ですよね。)


それが邪魔になったのでしょう。三好4人兄弟の次男が「細川持隆殺害」に及びます。それどころか彼の子をピエロにして、さらには「細川持隆」の妻を自分の嫁にしてしまうといった悪行三昧。

まとめ

歴史ってフィクションとしてみていれば面白い読み物ですが、生まれた時代が時代なら毎日が張り詰めた日になることは間違いないでしょう。


手段や方法といった形が変化して、現代でも同じようなことが起こっていても不思議ではないでしょうね。だって歴史は続いているのですから。

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