in宮城県③

第6の目的地に到着。平日にも拘わらず、大勢の観光客が見物に来ていました。

今にも、飛び出してきそうな勢いです。出羽国と陸奥国の戦国大名 仙台藩初代藩主 第17代当主と言えば「伊達政宗」公です!

幼少のころ天然痘の病気にかかり一命をとりとめるも、右目を失い隻眼となったことから、独眼竜の異名が付いたことは有名ですね。伊達政宗はお隣の山形県米沢城にて誕生したんですよ。だから、あそこに石碑があるんですね。

「入りそめて くにゆたかなる みぎりとや 千代とかぎらじ せんだいのまつ」 

伊達政宗公が仙台に居城を移したときに詠まれたものだそうです。もともとこの地は千代といい、のちの仙台の起源となったそうです。1000年先まで見通していらしたのですね。

伊達政宗が幼少期、世の中は戦国時代真っただ中。幼き心に天下を夢見た武将でした。しかし残念ながら、破竹の勢いで隣国を攻め落とすも、時代がこれを阻んだのです。既に豊臣秀吉の天下統一は目前に迫っていました。また、実の弟を殺害し、実の母親に殺害されかけ、人取橋の戦いでは実の父親ごと敵を射殺。伊達政宗は、どんな性格であったのでしょうか。

何処のお城もそうですが、やはり見晴らしがよく広大な敷地に建立されています。どんなお城だったのでしょう。想像するのも楽しみです。「傾奇者」の政宗、さぞかし派手だったのでしょうね。

ここへの道中、車で入れるのですが、高い石垣に囲まれるように入り組んでいました。難攻不落のお城であったことに間違いなさそうです。

自然の地形と川に囲まれているのがよくわかります。隙も何もあったものではありません。

宮城縣護國神社にて、手を合わせてきました。

亡くなる前の晩に「自分が畳の上で死ねるとは思わなかった」と言ったとか。もう少し早くこの世に生まれていたら・・・。叶わぬ夢と言われますが、どうなっていたのでしょうか。日本は。

「曇りなき 心の月を先立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く」辞世の句

ここで問題です。黒漆兜の前立てに金の三日月。左より右のほうが少し短いのは何故でしょう?

答えは次のブログで(笑)

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