敵に塩を送る


武田信玄と上杉謙信

〒965-0873 福島県会津若松市追手町1−1

戦国時代、「甲斐の虎」と恐れられた武田信玄公が、遠江の今川氏と相模の北条氏から経済制裁をうけて、塩不足でひっ迫していたとき、長年の戦で敵対関係にあった「越後の龍」上杉謙信が塩を送って助けたと言う話から、「敵に塩を送るとは、争っている相手が苦しんでいるときに、争いの本質ではない分野については援助を与えること」のたとえとして生まれたのがきっかけとされています。

他にも見どころは沢山ありました。

これは城壁をいち早く駆け上ったりできるようにと考えられた「武者走り」だとか。

茶室 麟閣

また、茶人で有名な千利休の子である小庵を会津の領主、蒲生氏郷は匿い、この茶室を作ったとされています。

「愛」の一文字

〒965-0876 福島県会津若松市山鹿町1-25

ここは、戦国時代「越後の龍」と称された上杉謙信公の後継者(養子)である、上杉景勝の側近中の側近直江兼続が住まわれていた場所です。ここで、どんなことを考え、そしてその後に起こる東西対決をどう見据えていたのでしょうか。

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