関門海峡と巌流島


下関と門司港をつなぐ

〒801-0855 福岡県北九州市門司区門司3492−2

この度の終着駅である、山口県下関市。そうここにあるこの風景を見たくてやってきました。関門海峡は、日本の本州と九州を隔てる海峡であり、名称は両岸の地名、馬関の「」と、門司の「」を取ってつけられたそうです。


穴戸海峡、馬関海峡、下関海峡とも呼ばれていて、最深部は水深47mほどありますが昔は船同士が接触することもしばしばあったそうです。

お正月ですよ。1月。こんなきれいな景色を見ているだけで幸せに包まれてゆきます。関門海峡最強!最高!

向こうのほうに見えるのは、関門海峡大橋。日本は島国ですからいろんな所に大きな橋が架かっていますが、これも作ってくれる人がいるからここに有る訳で、感謝しないといけませんね。有難うございます。

昔、子供のころに童話を絵本を読んだ記憶しかありませんが、ここ巌流島で大決戦が繰り広げられました。そうです、宮本武蔵と佐々木小次郎の大勝負。


余談ですが、幕末の時代、坂本龍馬と妻の龍がここ巌流島にて花火をしたともいわれているようです。場所はわかっていないようですが・・・。雰囲気有りますよね。


龍馬暗殺までの、素敵なひと時だったに違いありません。

巌流島の正式名称は「船島」だそうです。名前の由来は、島全体が船の形をしていたとか。この日は風もきつく、島には遮るものがほとんどないので吹きっさらし状態でした。

そもそも、なぜこの二人が戦いに及んだのか。それは両名共に腕の立つ剣客だったからです。当時、小倉藩の剣の指南役であった佐々木小次郎のもとに、二刀流の宮本武蔵が現れたことに始まります。


よくある「どっちが強いの?」と門人たちの興味本位からの話が、決闘に至ってしまうわけです。

長く細い剣を振りかざし、振り下ろした後すぐに、下方から切り返す技を持つ佐々木小次郎。


燕返し」とは言え、この時の佐々木小次郎は年齢60とも70とも言われており、当然勝ち目はなかったようです。その後、無残にも撲殺されたとか。


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