宮城県の国宝寺
- 2019年4月13日
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更新日:3 時間前
臨済宗妙心寺派 松島青龍山瑞巌円福禅寺
国宝寺
宮城県松島町にある 松島青龍山瑞巌円福禅寺 は、日本三景・松島を代表する名刹として知られています。
一般には「瑞巌寺(ずいがんじ)」の名で親しまれていますが、その正式名称には長い歴史と宗教的意味が込められています。
現存する庫裏(くり=瑞巌寺での表記は庫裡)は、江戸時代初期に伊達政宗の再興時に建てられたもので、国宝寺。
庫裡は禅宗寺院の台所で、大屋根の上に入母屋造の煙出があるのは煮炊きする場所のためのもです。

お腹が満たされたところで、早速第9の目的地を訪れました。平安時代の創建とされ、江戸時代前期に詩人「松尾芭蕉」がここ瑞巌寺を参詣したのは有名です。
瑞巌寺が建てられた目的
瑞巌寺の起源は、平安時代初頭の828年に慈覚大師「円仁」によって開かれた「延福寺」に遡ると伝えられています。
もともとは天台宗の寺院で、松島を“浄土のような聖地”として信仰するための修行道場でした。
その後、鎌倉時代には北条時頼によって禅宗へ改宗され、「円福寺」と名を変えます。禅宗は武士との結びつきが強く、精神統一や自己鍛錬を重視する思想が、武家社会に受け入れられていきました。
現在の壮麗な瑞巌寺を築き上げたのは、戦国武将の「伊達政宗」です。
関ヶ原の戦い後、仙台藩の基盤を固めようとしていた政宗は、単なる寺院建立ではなく「新しい藩の精神的中心をつくること」・「戦乱で荒廃した東北文化を復興すること」・「伊達家の威光を天下に示すこと」を目的として、瑞巌寺再建に莫大な力を注ぎました。
つまり瑞巌寺は「祈りの場」であると同時に、伊達政宗による文化政策と政治的象徴でもあったのです。
〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島字町内91番地
歴史の背景に見る“政宗の執念”
戦国時代末期、東北地方は長い争乱によって多くの寺社が荒廃していました。政宗は仙台城の築城と並行して瑞巌寺を復興し、自ら設計指示まで行ったと伝えられています。
特筆すべきはその建築へのこだわりです。「紀州熊野から良材を取り寄せ」・「京都や大阪など上方から名工130人を招聘」・「桃山文化の粋を東北へ持ち込んだ」という大事業でした。
その結果、完成した本堂は、豪華絢爛でありながら禅寺らしい静謐さも兼ね備えた、独特の空間となります。先にも述べましたが本堂や庫裡(くり)は国宝に指定されています。

突然の事ですが、猛吹雪に見舞われました。仙台駅前を出発して約1時間で到着しましたが、またもやです。自然は、私たちが今、東北にいるんだと言う事を必ず教えてくれます。
スキー場の山岳地帯に降る雪よりも風の勢いが凄すぎて大変です。皆さん、こういった事態にも「よくある事よ」みたいに過ごされています。

訪れた人が見るべきポイント
参道には大きな杉並木が道の左右に13本並んでいたそうです。しかし、2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震によって津波が押し寄せ塩害によって300近い杉は枯れ、伐採されたようです。
かなり近年です。当時の写真など見ていたら、その参道はとても趣があり歩いてみたかったと残念でなりません。
瑞巌寺最大の見どころは本堂です。外観は禅寺らしく重厚で落ち着いていますが、内部へ入ると、金箔や障壁画による華麗な桃山美術が広がっています。
この本堂の中には10の間があり、どの間にも金色ベースに描かれた襖絵は見事で、見るものを魅了し、欄間の彫刻や書院造の違い棚の側壁にも様々な装飾が施されています。
特に「孔雀の間」は圧巻で、政宗の美意識と権威へのこだわりが感じられます。
禅寺は本来、質素を重んじます。しかし政宗は、あえて豪華さを取り入れました。そこには「東北にも中央文化に劣らぬ力がある」という強烈な意思表示が見えてきます。

境内に咲いていたこの白い梅の木は・・・。この紅色の梅の木は「臥龍梅」とよばれ、伊達政宗の手植えと伝わっているようです。
突然の豪雪であっという間に雪帽子になってしまいました。なんだかかわいそうです。

辺り一面雪景色。残念ながら建物内での撮影は禁止でした。しかし、外観だけでも立派なうえに、装飾の施し方が本当にお洒落です。これも伊達政宗公の美意識の高さなのでしょう。

参道脇には、岩肌を削って造られた無数の洞窟群があります。これらは中世以降の供養や修行の場であり、内部には仏像や供養塔が残されています。
苔むした岩肌と静寂に包まれた空間は、華麗な本堂とは対照的で、むしろ瑞巌寺の精神性を強く感じさせます。
松島の海景色が「極楽浄土」に見立てられていた背景を知ると、この空間が単なる観光地ではなく、“祈りの場”であることが実感できます。

瑞巌寺を訪れたなら、近くの「五大堂」も必見です。五大堂も伊達政宗が再建した建築で、東北最古の桃山建築として知られています。
橋を渡る構造には「心を清めてから参拝する」という意味が込められているとも言われています。
瑞巌寺の“静”と、海に浮かぶ五大堂の“開放感”をセットで味わうことで、松島という土地の宗教観がより立体的に見えてきます。

観光地として歩くだけでも美しい場所ですが、背景を知って訪れると、襖絵の一枚、柱の一本、洞窟の静けさにまで意味が宿って見えてきます。
松島の海風を感じながら瑞巌寺の境内を歩くと、「なぜ政宗がこの地を東北文化の中心にしようとしたのか」が、少し分かる気がしてくるはずです。
少し天候も回復してきたところで、次の目的地に向かいます。
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