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京都・宇治川の鵜飼|千年の歴史が息づく、夏の夜だけに出会える幻想世界

  • 2015年8月4日
  • 読了時間: 5分

更新日:2 時間前


三人の女性鵜匠が中心メンバー


京都・宇治といえば、世界遺産「平等院」や宇治茶を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、宇治にはもう一つ、千年以上もの歴史を受け継ぐ夏の風物詩があります。


それが「宇治川の鵜飼(うかい)」です。


夜の川で、船上の男女が炎を掲げながら漁をする様子。赤い屋根の下、火の光が水面に映る。

ガタン!ゴトン!電車に揺られる事1時間半、太陽が真上からジリジリと辺り一面を覆い尽くすお昼過ぎの現場で打ち合わせ。


設計図書に汗が落ちるのを気にしながら「この猛暑酷暑をどう乗り越えるか」を考えておりました。(余計な事を考えず仕事しろっ!っと自分に言い聞かせながら)

帰り道、阪急神戸線「塚口駅」を、もう一滴も吸わなくなったハンカチを握りしめダイエーで買い物しながら涼しもうと思っていると、ふと一枚の広告が目に飛び込んできました。


宇治川の鵜飼ポスター。篝火の舟と鵜匠、泳ぐ鵜、英字「Cormorant Fishing on the Uji River」、7/1〜9/30、2026年。

さらさらと浅瀬の川の流れる涼しげな一枚の広告。私が今いるのは無風の渡り廊下。この壁面広告を見るや否や汗を手でぬぐいながら「ここいこ!」一瞬で決めました。


〒611-0021 京都府宇治市宇治塔川


千年以上受け継がれる宇治川の鵜飼


宇治川の鵜飼の歴史は非常に古く、平安時代にはすでに行われていました。


971年に記された『蜻蛉日記』には、夜の宇治川で無数のかがり火が灯り、鵜が鮎を捕る様子が描かれており、当時の貴族たちもその美しい光景を楽しんでいたことが分かっています。


しかし、平安時代後期になると仏教の「殺生戒」の影響により宇治川での漁が制限され、鵜飼は次第に姿を消していきました。


その後、長い時を経て、大正15年(1926年)に地域の人々の努力によって復活し、今日まで宇治の夏を彩る伝統文化として受け継がれています。


夕暮れの屋外で、青い衣装と草のスカートを着た人物が、頭飾りをつけて踊っている。背景はぼけた木々と観客。

着いたぁ。すでにご存じの方も多いと思いますが、私は初めて訪れた場所にワクワクでした。比較的川幅も広く、穏やかで、優雅で、川の流れる音が心地よく、「来て良かった!」と一瞬で思いました。


屋形船に乗船し、これから始まるイベントに胸躍るとはこの事かと、その時を待ちながら同乗者のほうへ眼をやると、外国の方が半分以上(アメリカ・カナダ・ロシア・中国・韓国・台湾・タイの方だろうと思うのですが・・・会話したわけではないので想像です)


出発しま~す」ゆっくりと船が動き出し、「錨を下せ」で止まりました。その間5分くらい。

 

あっという間に日も暮れ始め、辺りはぼんやりと薄暗くなり始めていました。紫色の空。これも幻想的で綺麗でした。


薪に火が点火され、バチバチと燃え始めるといよいよ宇治川の”鵜飼”の始まりです。鵜匠と鵜の絶妙な技は格別で、川面に吹くさわやかな風が、まるでいにしえ人になったように錯覚させてくれます。


夕暮れの川で、伝統的な木舟から炎を掲げる漁師と櫂を操る人々。石垣と階段に見物客、舟に「すずみ」の文字。

日が沈み、宇治川に静寂が訪れる頃、かがり火を灯した鵜舟(うぶね)がゆっくりと川面を進み始めます。


鵜はとても人懐っこく、愛らしい仕草で歓迎してくれます。頭上で燃える撒きには少し可愛そうな気もします。一生懸命潜っては吐き潜っては吐きを繰り返します。


鵜匠は一度に数羽の管理をしておりますが、一体どの鵜が魚を呑み込んでいるのか、その判断が難しいような気がします。


揺らめく炎が水面を黄金色に染め、静かな川に響く船頭の櫂の音。そこには、現代ではなかなか味わうことのできない、まるで平安時代へタイムスリップしたかのような幻想的な世界が広がります。


炎が水面に映り込み、ゆらゆらと揺れる光景は、写真では決して伝えきれない美しさ。船上から眺める景色は、まるで一枚の日本画の中に入り込んだような感覚になります。


静かな夜風を感じながら、鵜舟が目の前を通り過ぎる瞬間は、思わず息をのむほどの迫力があります。



宇治川の鵜飼最大の見どころは、何と言っても鵜匠と鵜との見事な連携です。


鵜匠は一本一本の手縄を巧みに操りながら、何羽もの鵜を自在に動かします。鵜は水中へ勢いよく潜り、鮎をくわえて再び水面へ現れます。


その一連の動きは、長年築き上げられた信頼関係があるからこそ成り立つ伝統の技です。


宇治では全国的にも珍しく女性鵜匠が活躍していることでも知られ、その華麗で繊細な手綱さばきは、多くの観光客を魅了しています。


正直なところ、手元をまじかで見てはいたものの、離す・握る・手繰り寄せるのテンポが速すぎるのと、手縄の数が多すぎて何をどうやっているのか全く掴めませんでした。


宇治川の鵜飼には、他の地域ではなかなか見られない特別な演出があります。それが「放ち鵜飼」です。


日本で初めて人工ふ化に成功したウミウを育てた宇治だからこそ実現したこの鵜飼では、鵜がより自由に川面を泳ぎ回りながら魚を追います。


鵜匠との深い信頼関係があるからこそ成り立つ宇治ならではの伝統であり、多くの観光客を驚かせています。


夕暮れの水路に木造屋形船が並び、左岸に家並み、右に黒い屋根の船、静かな水面に空が映る風景

昼間は平等院や宇治上神社を巡り、老舗で本場の宇治茶を味わう。そして夕暮れになったら、宇治川の遊覧船に乗り込み、千年の歴史を受け継ぐ鵜飼を眺める――。


そんな一日は、京都旅行の中でも忘れられない思い出になることでしょう。


豪華な演出や最新技術では決して表現できない、日本人が古くから大切に守り続けてきた自然と文化、人と動物が築く信頼、そして歴史の重み。


宇治川の鵜飼には、それらすべてが凝縮されています。


今は開業後間もないことから、なかなか次回の都合が取れないけれど、必ずまた会いに訪れまする。


~瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ~


崇徳院(すとくいん): 第75代・鳥羽天皇の第一皇子の詠んだ句。保元の乱で敗れて讃岐国(現在の香川県)に流されて不遇の生涯を終えた天皇です。


ご興味が湧いた方は「公益社団法人 宇治市観光協会」にて詳細が掲載されていますのでこちらから。



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