レガホのブログ 

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in青森県⑦

無事に全ての目的地に訪れる事が出来ました。そして、今まで知らなかった東北地方の歴史や文化にすこし触れる事が出来た喜びは、何物にも代えがたい私の宝物になりました。本当にいろんな経験をさせて頂き感謝いたします。ありがとう東北! 素敵な景色。ありがとう。 自然の力強さにありがとう。 旅先でお世話になった、色んな方々に有難うございました。 そして、今回の旅のスケジューリングを、忙しい中で全て段取りしてくれた妻にありがとう。必ずまた来ます。

in青森県⑥

あまりの感動に、少しご紹介。 館内をスロープ状に降りていく途中の展示物です。 だそうです。 とのことです。 歴代のねぷたが写真付きで紹介されています。 迫力ありますよね。どのねぷたも、意味合いを持っており、願いを込めて作成されていることがよくわかります。 日本の文化や歴史に触れて、興奮が冷めません。 モチーフになった絵図だったそうです。 やはり、武士的なものが多くありましたが、かなりグロテスクな描写のものもちらほらあります。 こちらの絵図は何をモチーフに描かれたのか、興味がわきます。 一階には展示室の外にも展示されていました。 可愛らしい大きさですが、その表情は睨みが効いて怖いですね。

in青森県⑤

津軽の三大祭り「青森ねぶた」・「弘前ねぷた」・「五所川原立佞武多」 「青森ねぶた」は「ラッセラー、ラッセ」で有名ですね。ねぶたの周りにはハネトと呼ばれる踊り子がいます。 「弘前ねぷた」は「ヤ―ヤド―、ヤーレヤーレヤ」の掛け声でねぷたは約80台も出現します。 「五所川原立佞武多」は何と言っても高さ勝負!毎年約15台出現し、「ヤッテマレ」の掛け声が響き渡るそうです。 また、五所川原のねぷたは、明治時代にその高さの隆盛を極めていましたが、電線の普及と共に、背の低いねぷたとなりました。当時の写真と台座の図面が出てきたのをきっかけに、1996年市民有志が高さ22mの巨大ねぷたを復元しました。そして「立佞武多」と命名し1998年より祭り名を「五所川原立佞武多」として約90年ぶりに復活させたそうです。 ねぷたの歴史はかなり長く、奈良時代(710年頃以降)に中国から渡来したお祭りと、古来からあった習俗などが一体化したと言われているそうです。 このお祭り行事は、禊祓とも、除災事業として睡魔を追い払う「眠り流し」とも、七夕祭りでの灯籠流しとも言われ、その起源は諸説あるようです。この「眠り」がなまり、地域によって「ねぶた」や「ねぷた」となったという説もあるそうです。 青森県では、8月の初旬ごろから、数十か所でねぷた祭りが催しされるので、県全体の勢いが伝わってきますよね。続く。

in青森県④

青森と言えば・・・、第17の目的地「立佞武多」です。 〒037-0063 青森県五所川原市大町506-10 大迫力!!!です!思わず涙が出て感動しっぱなし!すごい!やばい!心に直撃です! 何なんでしょうっ!この感覚!自分の中でもよくわからないまま見惚れてしまいます。そして、思ったのは「お祭り開催時には必ず来よう」と決めた事。 これらの立佞武多、この写真だけでは、いったいどれだけ大きいかわかりませんよね?約22メートルあって総重量約17トン 表面に貼られている和紙は畳約600畳分。文字では伝わらないと思うので、パンフレットで確認ください。 これが、手の届くところで見る事が出来た事に驚きです。続く。

in青森県③

ここまで来た感動は一入。目の前に広がる十和田湖。 大きな山の器に守られて、満たされていると言った印象を受けます。 ここ十和田湖は北の景勝地として名高く、四季折々の変化を大パノラマで一望できるとっても素敵な場所です。 約20万年前に始まった火山活動によって形成されたカルデラ湖らしく、噴火によってできた陥没地に雨水が貯まって出来たそうです。「あ~やっぱり」、器のように見えましたよ。納得。 シーズンは新緑の春や紅葉の秋だそうですが、夏も冬も趣があって素敵だそうです。シーズン中は、カヌーやジェットボート等のアトラクションを楽しめたり、ゆったりと過ごせる遊覧船があり、周遊してくれるとか。 こんなに寒いのに、鴨の家族がお出迎えしてくれました。カモシカなんかも出現するそうですね。 浸水も日本では3番目に深く、327mあるとか。だからあまり凍らないんですね。(平成24年3月は結氷したらしいです) 四季折々の写真集は「十和田湖国立公園協会のホームページ」 http://towadako.or.jp/ で、ご覧いただけますよ。 こちらは「奥入瀬渓流」パンフレットです。 シーズン中は、こんな新緑の中を散策して大自然を満喫しつつ、エネルギーを充填。これだけの距離があるので、見どころ一杯です。 今回の旅の道中では、降雪後であったため、車を駐車する事が出来ずに残念でしたが、流れる車窓からは、素敵な景色を楽しめました。 唯一の一枚がこれ。 これを撮るのも一苦労でしたが、やっぱ気持ちいい所です。できればシーズン中に死ぬまで、いやいや何度も足を運びたい場所でした。ありがとうございます。

in青森県②

あー満足。年に一度あるかないかの贅沢をさせて頂きました。恐るべし青森県。恐るべし八食センター。ごちそうさまでした。 そしてそして、次に向かうは第16の目的地、そうです「十和田湖」からの「奥入瀬渓流」です。 道中、こんな素敵な景色が、視界に入ってきました。思わず車を停めて、しばらく眺めることにしました。 遠くの山々が、雄大にそびえ、盤石だと言わんばかりに落ち着いた気分にさせてくれます。 天候はめまぐるしく変わりますが、山はそんな事どこ吹く風です。 なるほど、岩木山っていうんですね。なになに?太宰治の小説「津軽」に登場?しかも、津軽富士と呼ばれる岩木山を「したたるほど真蒼で富士山よりもっと女らしく、十二単衣の裾を、銀杏の葉をさかさに建てたようにばらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮かんでいる・・・透きとおるくらいに嬋娟たる美女ではある」と書き記しているようです。ん~、やっぱり、私もそう思う。同感(笑) ついに到着しましたぁ!「十和田湖」が見下ろせるところまで! 見てびっくり、触ってびっくり、槍のようなつらら。カッチンコッチンです。刺さったらあの世行。危ない危ない。雪が深く足をとられてスッテンコロリンを繰り返し、ここまでやってきました。感動~。つづく。

in青森県①

朝目覚めると、最終日であることに気付く、悲しい、寂しい。と感傷に浸っている場合ではありません。そとは快晴。今いるのは青森県八戸です。ってことは朝市。 青森の朝市で有名なのは、毎週日曜日のみ開催される日本最大級の朝市「館鼻岸壁朝市」が挙げられます。が、今日は平日。残念ですが気を取り直して第14の目的地をめざして、出発。 まず向かった先は八戸の台所「陸奥奏駅前朝市」です! 所在:青森県八戸市奏町 陸奥奏駅前とおり その日揚がったばかりの魚介が所狭しと並んでいます。磯の香りが漂う朝の青森に感動です! 朝7時には店じまいしてしまうお寿司屋さんもあるとか。仕入れに来た業者から一般の観光客が入り混じり大賑わいです。 朝ごはん目当てで、来場した観光客が行くところは、「八戸市営魚菜小売市場」内で新鮮な魚介と共に、買ったご飯やみそ汁を組み合わせてオリジナルの朝ごはんですね。飾らない雰囲気もたまりません。店頭のおかみさんと話してみたのですが、方 言が邪魔してわからない事もありましたが、皆さん笑顔で朝から元気で親切丁寧でしたよ。 そろそろお腹が悲鳴を上げてきそうなので、もう一件!回ってから朝ごはんにしようと思います。 で、向かた第15の目的地がここ。 青森県八戸市河原木字神才22-2 「八食センター」 午前9時Open 郊外型食品市場 全長170mに約60店舗が連なっております。 開業当時の運営者の名称:八戸総合食品センターより現在の名前になったそうです。早く着きすぎて、開店待ち。ざわざわと心と胃袋が騒ぎ始めています。中にはここで買ったばかりの魚介を焼いて食べられる「七輪村」や、どんぶりに好きな具材

in岩手県④

岩手県のお城を巡って、歴史に少し触れて、感無量です。東北の旅っていいもんです。本当です。最高! そんなことを思いながら、第14の目的地に悩み事が・・・。そうなんです、岩手県と言えば「わんこそば」・・・、だけじゃないんです。盛岡冷麺や盛岡じゃじゃ麺、チータンタン、エトセトラで思案中。ん~悩む。胃が二つ欲しい。いやいや三つ四つ欲しい。決断の時。 やって来たのはここ 〒020-0142 岩手県盛岡市稲荷町12-5 「焼肉・冷麺 ぴょんぴょん舎 稲荷町本店」 焼肉を食べに行ったらメニューに冷麺ってよくありますよね。私も好きな方なので良く注文します。がっ、がですよ。岩手の本場、盛岡冷麺を食べたら、他の所では食べられなくなるので要注意。 箸を入れて、すくい上げる。既にこの時に感じるのです。「重い質感」ってやつです。そして、その面のつやっつやで、向こうが透けて見えるのではないかと思わせる透明感を。 ちゅるちゅるりん。なんなのでしょうこの食感。噛むほどにそのコシを感じづにはいられません。冷麺ってこんなにおいしいんだって間髪入れず思わせてくれます。 岩手県では、わんこそば、じゃじゃ麺と並ぶ三大麺として名高く、そのルーツも面白いんです。また、現地の人は、焼き肉屋で冷麺だけ食べるのが当たり前だとか。 入店して「すみません、冷麺だけの注文でもいいでしょうか」って聞いたぐらい焼き肉店の雰囲気でしたから。 関西から来たと伝えると、店員の若い男の子が満面の笑みで「岩手はいい所です、ぜひまた今度も来てください」って。嬉しいじゃないですか。大阪に居て、そんなこと言ったことあったかなぁって反省。 来ます来ます、近

in岩手県③

わんこそばでお腹がはち切れそうな状況を打破するため、向かった第13の目的地がここです。ここで跡地をぐるりと散策して歩き回ります。 岩手県盛岡市内丸1 岩手公園内 盛岡城跡 初代盛岡藩主、南部信直は安土桃山時代に豊臣秀吉から南部七郡の領土を認められています。秀吉の重臣であった浅野長政の助言もあり、不来方に居城を移転。 不来方(こずかた)とは「かつてこの地には羅刹と呼ばれる鬼がいて、人里を荒らしまわっていたため、困った里人が三ツ石の神にお願いしたところ、鬼は神によって捕らえられ、この時鬼が神に二度とこの地に来ない証として、岩に手形を残した」と言い伝えられているそうです。これが後の「岩手」と称される由来とか。 その後、明治維新後の戊辰戦争にて、盛岡藩は降伏し、盛岡城は新政府軍の直轄地となり廃藩置県で盛岡藩は盛岡県となります。さらに時が過ぎ、陸軍省所轄となった建物はその大半を取り壊されてしまいます。残念です。 「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし 十五の心」 石川啄木の歌碑です。 当時、お城から200mと離れていない盛岡中学校で学んでいた石川啄木が、窓から抜け出してここで書物を読みふけっていたそうです。 櫻山神社(改修工事中で中には入れませんでした) 烏帽子の形をした盛岡市民の守り神がありました。この岩は南部信直公がこの地に築城する際に出現し、瑞兆(ずいちょう)と喜んだそうです。それ以来、「宝大石」として大切にし、この岩の前で神事が執り行われてきたそうです。

in岩手県②

12番目の目的地に到着しました。 岩手県盛岡市中ノ橋通1丁目8-3 創業は明治40年「そば処 東屋」 城下町盛岡の歴史ある商店街「中ノ橋通り」平日なのに店内はお客さんで大賑わいです。 岩手県と言えば「わんこそば」ですよね。「わんこ」とは岩手の方言で「お椀」を意味するそうです。一口で食べられる量の蕎麦を「ささっ」と掻き込む。すると、傍らで待機してくれているお給仕さんが「ぱぱっ」っと素早く蕎麦を投げ入れてくれます。 だいたい、わんこそば15杯でかけそば1杯分。なんだ、それだったら100杯は余裕でしょう、200杯オーバーを目指そうか、お腹減らして挑戦しに来たからにはたべるぞ~。お椀の蓋を開けたら始まりの合図。まるでレースですレース。 それよりなにより、お給仕さんの掛け声がめちゃくちゃ楽しい!一杯投げ込むごとに「はい!じゃんじゃん」「はい!まだまだ」「はい!どんどん」「50杯超えました~」「はい!もう一杯」「はい!頑張って」「はい!もうすぐ100ぱいですよ~」なんともリズミカル。この辺りから恐怖を感じます(笑)薬味を変えたりしながらだましだまし掻き込むのですがそろそろ限界が・・・。そこですかさず「はい!じゃんじゃん」え~なんでぇ~。「いけますいけますもう一杯」やばい。蓋を閉めないと終らないのです。閉める前に「はい!どんどん」 こんな証明書を頂けました。ちなみに100杯を超えたらこんな手形を頂けます。 「立派」こんなこと言われたことがない私にとって、嬉しい響きです。 「わんこそば」の由来を知ると。心温まるエピソード。皆さんも一度調べられては如何でしょうか。

in秋田県②

再び岩手県に戻って、第12の目的地へ、いざ。 の前に・・・ここでブログに差し込み。 秋田県では、名物「きりたんぽ鍋」と「稲庭うどん」をと思っていたのですが、スケジュール的に無理があると判断。そこで、旅先から帰ってきて地元で探しました。 こちらで頂けるんです!お近くの方は是非足を運んでみてください。味も雰囲気も最高です! 兵庫県尼崎市南武庫之荘3-36-5 割烹・小料理店「秋田こまち」 これが待望の「きりたんぽ鍋ミニ」と・・・。 「稲庭うどん」です。他にも色々と注文しましたが、実際何を食べても間違いないです。旨い!って声出てました(笑) あの~、正直旨いものは周りにあふれている昨今ですが、素材が直感的に伝えてくる感じはそうそう他にはないですよ。

in秋田県①

白銀の世界。何度も言ってますが、既に4月。東北の春はもう少し先ですね。 三日目を迎え、更に東北の良さが体中を駆け巡って、早起きして出発です。 花巻温泉郷を後にし、約2時間かけて向かった第11の目的地は・・・。 ここ。 〒014-1204 秋田県仙北市田沢湖田沢「田沢湖」です。 日本で最も水深の深い淡水湖。最大深度は423.4mあり、そのため真冬でも凍らないとか。日本百景にも選ばれています。 なぜここに来たかと言うと、その水深へ差し込む太陽の光がヒスイ色や深い藍色になると言われているからです。残念ながら晴れてはいるものの、その自然現象を今回は目にする事はできませんでしたが、すごく空気の透き通った穏やかで気持ちよく過ごす事が出来ました。 これは?「辰子姫」です。では辰子姫はなぜここにいるのでしょうか。 伝説としては、昔、子を望む夫婦の間に、ようやく授かった女の子がいました。辰の年に生まれたこの女の子が辰子。辰子は幼少期、それはそれは女神ではないかと評判になるくらい美しかったとか。 ある時、水面に映る美しい自分の姿に驚いたそうです。そしてこの美しさを未来永劫のものにしたいと願うようになり、来る日も来る日も大蔵観音に願掛けをしたそうです。迎えた100日目に観音様が現れ、願いをかなえる方法を授けます。しかしそれは、龍と化す方法だったのです。以来、龍となってしまった辰子は、ここ田沢湖の守り神となったそうです。 「蓬莱(ほうらい)の松」樹齢は300年くらいだそうです。不老不死の仙人が住むという蓬莱山にあやかってそう呼ばれるようになったとか。 御座石神社 秋田藩主佐竹義隆公が田沢湖を遊覧した際

in岩手県①

第10の目的地 世界遺産 平泉 〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉字花立44番地内 「中尊寺」 残念ながら、建物内での撮影はできませんでしたが、金色に輝く仏像をはじめ、柱・梁・壁面の至る所に施された彫刻や装飾等に目を奪われつつも、静かで荘厳な雰囲気に包まれ、やがて気持ちが大人しくなっていくように感じます。 散策ガイドマップより 中尊寺本堂前です。 ここ中尊寺は比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって開かれたとあります。その後、奥州藤原氏初代清衡によって大規模な造営が行われたそうです。 清衡公の中尊寺建立の趣旨は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱(前九年・後三年合戦)で亡くなった生きとし生けるものの霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」といわれ辺境とされた東北地方に、仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)を建設する、というものだったそうです。 「夏草や 兵どもが 夢の跡」 「五月雨の 降残してや 光堂」 ここまでの道のりは、まあまあ急こう配の坂が続きます。途中、こんなところもありました。息が切れて、足に乳酸がたまり動きが鈍っているのが情けない。先人に笑われないよう精進しないと。 平泉は約100年近く反映し、みちのくは戦争のない「平泉の世紀」だったそうです。しかしながら、平氏政権を倒した源義経が、兄頼朝と対立し平泉に落ち延びたのもつかの間、義経をかくまった秀衡公が病死してしまいます。4代目泰衡公は頼朝の圧力に耐えられず義経は自害に追いやられます。その泰衡公も頼朝に攻め込まれ奥州藤原氏は滅亡してしまうのです。

in宮城県⑥

お腹が満たされたところで、早速第9の目的地を目指します。 〒981-0213 宮城県宮城郡松島町松島字町内91番地 国宝「臨済宗妙心寺派 青龍山 瑞巌寺」 平安時代の創建とされ、江戸時代前期に詩人「松尾芭蕉」がここ瑞巌寺を参詣したそうです。 突然の事ですが、猛吹雪に見舞われました。仙台駅前を出発して約1時間で到着しましたが、またもやです。自然は、私たちが今、東北にいるんだと言う事を必ず教えてくれます。スキー場の山岳地帯に降る雪よりも風の勢いが凄すぎて大変です。皆さん、こういった事態にも「よくある事よ」みたいに過ごされています。 参道には大きな杉並木が道の左右に13本並んでいたそうです。しかし、2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震によって津波が押し寄せ塩害によって300近い杉は枯れ、伐採されたようです。近年です、当時の写真など見ていたら、その参道はとても趣があり歩いてみたかったと残念でなりません。 境内に咲いていたこの白い梅の木と・・・。 この紅色の梅の木は、「臥龍梅」とよばれ、伊達政宗の手植えと伝わっているようです。突然の豪雪であっという間に雪帽子になってしまいました。なんだかかわいそうです。 辺り一面雪景色。こちらの建物は国宝「庫狸(庫裏)」といって、禅宗寺院の台所だそうです。残念ながら建物内での撮影は禁止でした。しかし、外観だけでも立派なうえに、装飾の施し方がお洒落ですね。これも伊達政宗公の美意識の高さなのでしょうか。 そして本堂です。 この本堂の中には入れませんでしたが、10の間があるそうです。どの間にも金色ベースに描かれた襖絵は見事で見るものを魅了し、欄間の

in宮城県⑤

ここでちょっと小休止。午前中は心おどり、感動と喜びで気が付かなかったのですが、お腹が減っていました。っと言うことで第8の目的地に向かいます。 〒980-0803 仙台市青葉区国分町2-11-11 「旨味 太助」 仙台と言えば牛タン。牛タンと言えば仙台。でしょ。 この界隈は、有名店、競合店犇めく牛タンの聖地。軽く20軒はあるでしょうね。探しましたよ。何処も彼処も美味しそう。いや、間違いなく美味しいんでしょう。しかし胃袋の許容範囲ってのもある。無理やり食べる代物ではない。いやぁ~悩む。 「何にしましょう~」ん~と、「じゃあ、牛タン定食Bで」「あいよ」ってなもんです。目の前で焼いてくれるのですが、とにかく段取りが素早い。店主の手慣れた箸さばきで見る見るうちに焼けて行く。しかも丁度いい、いや絶妙なタイミングでひっくり返される。妙技ですね。 仙台牛タン焼の始まりは昭和23年に初代店主が専門店を開いたのが最初だとか。 ここ「旨味 太助」では創業以来、塩が牛タンの旨さを最大限に活かすと言う。よって塩味のみのメニュー構成です。

in宮城県④

解りましたか?正解は、「戦の際、振りかざした刀が前立てにあたらないように」が正解です。 仙台城を後にして、第7の目的地を目指します。「瑞鳳殿」 宮城県仙台市青葉区霊屋下135ほか 「ごくり」思わず喉が鳴りました。こんな素敵な建造物見たことがありません。均整の取れた構えと色使い。幾重にも重なりあった組木と彫り物の優雅さ。吸い込まれそうですよ。 今、目にしているのは、復元されたものですが、立派な霊廟です。ここに静かに眠っていらっしゃるのでしょうね。政宗公。 近くには、二代目忠宗廟(感仙殿)や、三代目綱宗廟(善応殿)などがありました。 伊達政宗は、遺言にて、自分の遺骸をここ経ヶ峯に葬るように申し付け、またその方角は仙台城本丸を向くように建てられたとか。 手前の唐門から見ると、奥行きを感じますね。潜り抜ける時に、思わず立ち止まり見上げてしまいます。 その手前はと言うと、こうなっています。なかなか全貌が見えませんね。 見えないと言うと、最近目が悪くなり初めて眼鏡を購入しました。(無理やりなふり)伊達メガネって、この伊達政宗から来てるのはご承知ですね(笑) 伊達政宗は、豊臣秀吉公に上洛した際白装束姿で現れ、その傍らには磔台を持参したとかで、今で言うと「ぶっ飛んでいる奴」を指し「派手ないでたち」・「とんでもない振舞い」をする男の事を伊達男と称したとか。また、女性ものの着物を纏って闊歩していたとも。今で言うビジュアル系だったのかもしれませんね。 ここにたどり着くまでにこの坂です。まあまあの勾配があるため、道の途中に竹製の杖を無償で貸してくれます。ありがたいです。

in宮城県③

第6の目的地に到着。平日にも拘わらず、大勢の観光客が見物に来ていました。 今にも、飛び出してきそうな勢いです。出羽国と陸奥国の戦国大名 仙台藩初代藩主 第17代当主と言えば「伊達政宗」公です! 幼少のころ天然痘の病気にかかり一命をとりとめるも、右目を失い隻眼となったことから、独眼竜の異名が付いたことは有名ですね。伊達政宗はお隣の山形県米沢城にて誕生したんですよ。だから、あそこに石碑があるんですね。 「入りそめて くにゆたかなる みぎりとや 千代とかぎらじ せんだいのまつ」 伊達政宗公が仙台に居城を移したときに詠まれたものだそうです。もともとこの地は千代といい、のちの仙台の起源となったそうです。1000年先まで見通していらしたのですね。 伊達政宗が幼少期、世の中は戦国時代真っただ中。幼き心に天下を夢見た武将でした。しかし残念ながら、破竹の勢いで隣国を攻め落とすも、時代がこれを阻んだのです。既に豊臣秀吉の天下統一は目前に迫っていました。また、実の弟を殺害し、実の母親に殺害されかけ、人取橋の戦いでは実の父親ごと敵を射殺。伊達政宗は、どんな性格であったのでしょうか。 何処のお城もそうですが、やはり見晴らしがよく広大な敷地に建立されています。どんなお城だったのでしょう。想像するのも楽しみです。「傾奇者」の政宗、さぞかし派手だったのでしょうね。 ここへの道中、車で入れるのですが、高い石垣に囲まれるように入り組んでいました。難攻不落のお城であったことに間違いなさそうです。 自然の地形と川に囲まれているのがよくわかります。隙も何もあったものではありません。 宮城縣護國神社にて、手を合わせてきま

in宮城県②

ずっとずっと我慢してきた食べ物が今ようやく目の前に! とうとう到着してしまいました!第5の目的地。 仙台と言えば伊達政宗。その伊達政宗が考案したとかしないとか。そうです、綺麗な緑色が映える名品「ずんだ餅」これを食べさせてくれる有名店がこちら☟ 宮城県仙台市青葉区北目町2-38 「村上屋餅店」です。 ゆでた枝豆をすりつぶして、塩と砂糖だけで味付ける餡は豆の香りを最大限に引き出してくれているのでしょうか。食べる前から鼻を誘惑してきます。 「ずんだ」の由来は諸説あるようですが、「豆を打つ」がなまって出来たと言われているようです。 見ているだけで楽しくなってきますよね! 此方のお店の創業はなんと明治10年の老舗でして、昔からの製法で毎日手作りされているそうです。もちろんお米は「ミヤコガネ」という品種の宮城県産のモチ米を使用。感動しました!昔、伊達政宗が豊臣秀吉方へ大遅刻で上洛の際に持参したと言われるこの「ずんだ餅」、さぞ、そのおいしさに顔はほころんでいたことでしょうね。

in宮城県①

AM7:30起床。爽やかな?寒い朝を迎える事が出来ました。 昨夜降り積もった雪であたり一面真っ白!緊張しながらハンドルを握り出発です。 向かった第4の目的地はここ。 〒982-0241 宮城県仙台市太白区秋保町元薬師27 「主婦の店 さいち」 なぜここにきたのか。その理由は・・・。 ある商品だけで、年商2億円を売り上げる超有名店だからです。しかも一個当たりの単価は、何と108円(税込)。ってことは一日平均約5555個売れるんです! 秋保町の人口(平成27年国税調査による)は4,330人。えっ!?毎日一人一個以上食べている計算になります。 それがこれです☟ 私が伺った時には全部で4種類のおはぎが陳列されていました。「つぶあん」「きなこ」「ごま」「とうふ」。 あのね、見た目とのギャップが半端ない。どう見ても甘そうでしょ?ところが一口入れると、モチ米とあんこ、モチ米ときなこ、全然甘くないのですよ。もちろん甘さは口いっぱいに広がるんですが、「あ~甘いなぁ」ではなく、後味サッパリ。想像しにくいでしょ? 此方のオーナーは執筆されている本「売れ続ける理由」一回のお客を一生の顧客にする非常識な経営法 すぐに購入しました。早速読破したら、参考にさせて頂こうと思います。

in山形県③

一日目の終着地点である目的地「蔵王」を目指します。 だんだんと日も暮れ始めて、北上するにつれて車窓の景色が変化?やばいです。 ホワイトアウトになる予感!? 吹雪になってきました。スタッドレスタイヤですが、雪道の運転は不慣れな私。思わずハンドルを握りしめ、「どうか滑りませんように」 辺りは、あっという間にこんな感じに!4月でしょ?なんでそうなるの? 既に辺りは真っ暗闇。目的地まであと少し。 見えた!明かりの向こうに、ゴールの文字が。いやいや、油断禁物。最後までハンドルしっかり安全走行で・・・。やっと無事に到着です。

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