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ゆでた枝豆をすりつぶした「づんだ」

  • 2019年4月13日
  • 読了時間: 5分

づんだ餅


我が人生において、これほどまでに見た目と実際に食した後とで全く異なる甘味があるのかと驚きました。


伊丹空港から仙台空港まで約70分!どれだけ遠くても、改めて足を運びたくなったお店を「宮城弁風」にご紹介します!正宗さまぁ―。


村上屋餅店https://x.com/murakami_mochi


和風の建物に「餅」、緑ののれんに「ずんだ餅」の文字。ガラス窓に「うぐいす餅」「さくら餅」の紙。伝統的な餅屋の雰囲気。

仙台さ来たら一度は食ってけさい。「村上屋餅店」のづんだ餅は別格だっちゃ。


ずーっとずーっと我慢してきた食いもんが、やっとこさ目の前さ来たっちゃ!とうとう到着したっちゃね!


仙台の街ば歩いでっと、どっからともなく甘ぐて、んでもどこが懐かしい香りさ誘われる時あっぺ?


その正体ばわざとらしぐ追っかけでいぐど、たどり着ぐのが「村上屋餅店」なんだっちゃ。


こじんまりした店で、正直どこさでもありそうな店構えなんだけど、暖簾くぐった先さ広がってんのは、長い年月受け継がれできた“ほんとの味”なんだべな。


中でもひときわ心ば持ってがれんのが、この鮮やかな緑色。ほんとにきれいな緑だっちゃ。見た目も見事なこれが「づんだ餅」だべ。


仙台のうんまいもんって聞がれっと「牛たん」だの「笹かま」だの出でくっけど、地元の人間が「んだ、それもいいげっと、まずは餅だべ!」って勧めたぐなんのが、村上屋餅店なんだっちゃ。


北目町の通りさ、朝っから行列できでる光景はもう仙台の名物みてぇなもん。観光客だけでねぐ、地元の人も「今日は村上屋の餅食いてぇな」ってふらっと寄る、そんだ老舗なんだべ。


〒980-0023 宮城県仙台市青葉区北目町2−38


村上屋餅店の歴史は明治10年(1877年)までさかのぼるんだっちゃ。


もともとは仙台藩の御用菓子司をルーツに持つと言われ、餅店として創業してから今まで、ずっと同じ場所で餅づくりを続げでる。


140年以上って言ったら、明治・大正・昭和・平成・令和だべ?


戦争も震災も乗り越えで、毎朝変わらず餅をつき続げできた。その時間の重みが、一口食った瞬間に伝わってくんのよ。


村上屋の名物は何と言っても「づんだ餅」ここで大事なのは「ずんだ」じゃなくて「づんだ」だっちゃ。


村上屋では、枝豆の薄皮をひとつひとつ丁寧に取り除いて、風味を最大限に引き出した餡を作ってる。


機械任せにすればもっと楽だべした。でも昔ながらの手間を省がねぇ。その理由は単純。


うまい餅を食ってほしいから



代々の店主が守ってきたのはレシピだけでねぇんだべな。餅は柔らかすぎでもだめ、硬すぎでもだめ。


枝豆の香りも甘さも強すぎれば飽ぎる。絶妙な塩梅を探りながら毎日作る。その積み重ねが今の村上屋の味になってんだっちゃ。


もし初めて行ぐなら、迷わず「三色餅」だべ。づんだ、くるみ、ごま。


この三つ並んだ姿を見るだけで幸せになれっちゃ。づんだは枝豆の香りがふわっと広がるし、くるみは優しい甘さ、ごまは濃厚で香ばしい。んで何より驚ぐのが餅。


やわらがいのにコシがある。噛むたんびに米の甘みが出でくる。「餅ってこんなにうまかったっけ?」って、たぶん思うはずだべ。


宮城県産のもち米を使い、つきたての風味を大切にしているからこその食感なんだっちゃ。

 

茶色のトレイに盛られた緑色の粥、漬物の小皿、湯飲みが並ぶ。箸袋には漢字の文字。温かみのある木のテーブルの上。

ひと口ほおばっと、枝豆のやさしい甘みと香りが「ふわ~っ」と広がってくんのよ。無理やり甘ぐした洋菓子どはまるっきり違う、日本古来の甘さなんだっちゃね。


まだ食ったごどねえ人さ伝えでおぎたいのは、甘ったるいデザートば想像しねえでほしいってごど。奥ゆかしい甘ささ出会ったって感じでほしい逸品なんだべ。


昔は砂糖なんてなかなか手に入んねえ時代だったっちゃ。それでも先人たちは、ああでもねえこうでもねえって試行錯誤繰り返して、素材の甘さば引き出す方法ば見つけたんだべな。


その努力の積み重ねで生まれたもんだから、歴史と一緒に作り上げられた芸術作品だって言っても大げさでねえと思うっちゃ。


砂糖の甘さとは違って、どこか素朴で、自然の恵みそのものば味わってるような感覚なんだよ。やわらかぐ搗がれた餅どの相性も絶妙で、思わずにやけっちゃうべ。


木製の盆に黒、緑、ベージュの餅、茶碗の湯飲み、漬物がのった和菓子セット。箸袋に「峠」の文字。温かみのある雰囲気。

陣太刀(じんだち)


そしてこの「づんだ餅」――ただの郷土菓子でねえんだっちゃ。そのルーツには戦国の名将「伊達政宗」が関わってるって言われでんのよ。


仙台ど言えば伊達、伊達ど言えば仙台。その政宗公が考えだとか考えねがったとか、そんな話も残ってんだべ。


戦の合間に陣ば構えて飯食う時、政宗公が枝豆ばすり潰して餅さ和えさせたって説があるんだっちゃ。


刀の柄で枝豆ば砕いだがら「陣太刀(じんだち)」、それがなまって「づんだ」になった――そんなロマンある話も語り継がれでんのよ。


荒々しい戦国の世、血で血ば洗う時代。命のやり取りが当たり前だったその頃に、ひとときの安らぎば与えた一皿だったんだべな。


政宗公もこのやさしい甘さで心ばほぐしたのがもしんねえけど、同じもん食ったどしても、当時ど今では感じる味も違ったのかもしんねえっちゃ。


そして時は流れて数百年。同じ仙台の地で、村上屋餅店はその味ど想いば今も伝え続けでるんだべ。


店ん中さ流れでる穏やかな空気、丁寧に作られる一皿一皿。思わず感動してしまうっちゃね。ただうまいだけでねえ「歴史」そのものば感じさせてくれんだもの。



もし仙台さ来るごどあったらぜひ足運んでけさいん。それはただの食体験でねえ。戦国の記憶さ触れで、歴史ど味が交わる「わくわく」する時間になるはずだっちゃ。


ゆでた枝豆ばすり潰して、塩ど砂糖だけで味付けした餡は、豆の香りばこれ以上ねえぐらい引き出してんだべな。食う前がら鼻ば誘惑してくんのよ。見でるだけでも楽しくなってくっちゃ!


もちろん米は「ミヤコガネ」っちゅう宮城県産のもち米。これがまたうまいんだっちゃね。

感動したっちゃ!


昔、「伊達政宗」が「豊臣秀吉」のもとへ上洛する時、大遅刻したって逸話があるけど、その際に持参したとも言われるこのずんだ餅。


きっと食った人らの顔もほころんだんでねえべが。


みんなも、万が一約束の時間さ大遅刻してしまったら、ずんだ餅ば持って謝りに行ぐのも手だべな。


相手が「最上義光」推しでなければ、案外うまぐいぐがもしんねえっちゃ。もしかすっと「黒脛巾組」の加勢まであっかもしんねえべな。


黒い器に緑のずんだ餅が盛られ、茶碗と木のさじが添えられている。水色の布地に、宮城県で江戸時代から親しまれる郷土の味わいを本場仙台からお届けと縦書き文字。

宮城仙台名物 ずんだ餅


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