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乙女姉やん

  • 2018年12月5日
  • 読了時間: 4分

更新日:19 時間前

ほいたら今回も前回、前々回のブログ「鯨海酔候」・「土佐の海」の反響が非常に良かったので、高知市山手町にある坂本家の墓所を訪ねた気分を、土佐弁まじりに語ってみるきね。


史実をもとにしながら、ちっくと面白う書いてみるぜよ。

土佐の風と維新の夢


高知市山手町の静かな高台に行ったことあるろうか。


観光客はたいてい桂浜へ行って「龍馬さん、海を見ゆう!」言うて喜ぶがやけんど、ほんまに龍馬さんの人生を感じたいがやったら、山手町の墓所も見てほしいがよ。


夜の路地にある黒い石碑の記念碑。正面に日本語の碑文が刻まれ、足元に黄色い花のプランターが並ぶ。

〒780-0901 高知県高知市上町1丁目7上町1丁目電停を下車すぐ


乙女姉やん

そこには「坂本龍馬」だけやのうて、坂本家の人らや維新にかかわった土佐の志士らが静かに眠っちゅうがやき。


龍馬の少年時代ちゅうたら、ここ土佐でよういじめられとったがよ。いまじゃ「日本史最強人気キャラ」みたいになっちゅう龍馬さんやけんど、子どものころは意外とひ弱じゃった。


背も低いし、勉強も得意とは言えんかったがじゃ。「泣き虫龍馬」言われたりもしよった。


ところが姉の「坂本乙女」がすごかったぜよ。今風に言うたら「弟を鍛え上げる鬼コーチ」みたいな存在ながよ。


剣術やらんかえ、根性出せぇ、負けるな。龍馬さんも「姉ちゃん怖いき……」思いながら成長したがやろうねえ。


霊園の古い墓石が並び、花が供えられた静かな墓地。山並みと青空を背景に、冬枯れの木が立つ。

ちっくと大きゅうなったころ、土佐を飛び出して江戸へ出た龍馬さん。父上に願いでて剣術修行のはずだったのじゃが、世の中が大きゅう動きゆうことに気付くがじゃ。


そこへ現れたが黒船。マシュー・ペリー が来航して「日本、開けんかえ?」いうて迫ってきたがじゃ。開国せぃいいよるんよ。


そりゃもう全国の武士が大騒ぎぜよ。龍馬さんも「こりゃ剣ばぁ振り回しよったらいかんき」と思うたがやろう。



当時の土佐藩の許しなしで勝手に藩を出る。脱藩いうこれ、今で言うたら会社を辞めるどころやないがじゃ。下手したら死罪ながよ。それでも龍馬さんは脱藩するがじゃ。


周りは「おまん、いったい何考えちゅうが!」いうたろうけんど、本人は「日本を変えたいがじゃ」いう思いが強かったがやろう。そん中でも乙女姉やんだけは竜馬を理解してくれとったがじゃき。


無職で指名手配中、ほいで金ない。けんど不思議と人が集まる。これが龍馬さんの最大の才能ながよ。


墓石に設置された木製案内板。上部に「坂本家墓所」とあり、家系図のような図と説明文が並ぶ。屋外の静かな雰囲気。

薩長同盟

当時の日本は「薩摩嫌いや!」「長州嫌いや!」と犬猿の仲やったがじゃ。今ならSNSで毎日ケンカしゆうレベルながや。


そこへ龍馬さんが入って「まあまあ、敵ばぁいうてケンカしよったら外国に負けるろう?」と仲介する。これが有名な薩長同盟。


実際には多くの人物の努力があったがやけんど、龍馬さんの調整力は大きかったと言われちゅう。現代風に言えば「超有能なプロジェクトマネージャー」みたいな存在じゃったがよ。


龍馬さんは武士じゃけんど「商売」の才覚も持っちょったがじゃ。自ら率いた「海援隊」は運送会社でもあって商社でもあり、政治集団でもあったがじゃ。


説明しようとすると「結局なんなが?」となる不思議な組織。けんど龍馬さんは「これからの日本は商売も大事ながじゃ」と考えちょった。時代を先読みしちょったがやね。


山を背景にした墓地で、刻字のある石碑が並び、花が供えられている。手前に説明板があり、静かな雰囲気。

慶応3年。京都の「近江屋」で龍馬さんは襲撃されるがぜ。まだ33歳ながよ。今の感覚で言うたら「人生これからやき!」という年齢ながよ。


維新の完成を見ることなく亡くなったがよ。それがまた伝説を大きゅうしたがやろうね。


山手町の墓所へ行くと龍馬さんだけやない。坂本家の先祖や親族の墓も並んじゅう。そこには厳しい時代を生きた家族の歴史が詰まっちゅう。


特に乙女姉やんがおらんかったら、龍馬さんは龍馬さんになれんかったかもしれんき。そう思うと「維新は一人の英傑が作ったがやない」ということが見えてくるがよ。


山手町周辺には維新に関わった土佐の志士たちも眠る墓もあるがぜ。例えば「武市半平太」や「中岡慎太郎」などは幕末の激動を駆け抜けた人物らぁがおる。


みんな理想を抱え、時には仲間同士で対立し、命を懸けて行動したがじゃ。教科書で見ると難しゅう感じるけんど、実際は悩み、怒り、笑い、失敗した生身の人間ながよ。


夕暮れの空の下、木製台座に並ぶ3体の黄金の侍像がライトアップされ、下部に名前の銘板が見える。

幕末の英雄 左:土佐勤王党盟主「武市半平太」維新の功労者「坂本龍馬」と「中岡慎太郎」高知駅前すぐ


山手町の静かな空気の中で墓標を見ゆうと、龍馬さんがこう言いそうながや。「日本の未来は、まだまだこれからぜよ


そして乙女姉やんは「龍馬、ちゃんとしいや!」と叱りゆうかもしれん。思わず笑うてしまうけんど、それくらい身近に感じられるが幕末の魅力ながよ。


高知へ来たら桂浜だけやのうて、山手町の墓所にも足を運んでみてほしいがぜよ。石碑は何もしゃべらんけんど。


けんど、その向こうには土佐の若者らぁが本気で時代を変えようとした熱い物語が、今も静かに眠っちゅうがぜよ。


土佐弁はここまでにして、坂本家の墓所でお参りさせて頂きました。竜馬の両親や姉・乙女姉さん達が眠っていらっしゃいます。高知県高知市山手町70(東側に登ったところ) 


すぐ隣には、幕末の維新に関わった方たちのお墓もありました。この歴史の先に今があります。もし、今の日本を見ていたら何と言ってらっしゃるのでしょうか。『今一度日本を洗濯致し候』でしょうか。



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