in兵庫県

「命の使い方」を教わりに。かなり大袈裟ですが。

やって来たのは、「播磨国総社 射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)」です。

〒670-0015 兵庫県姫路市総社本町190 http://sohsha.jp/under05.php

こちらには射楯大神(いたてのおおかみ)と兵主大神(ひょうずのおおかみ)を御祭神とされており、歴代の守護職や城主からも姫路鎮護の社として篤い崇敬を仰がれていたそうです。しかしながら、昭和20年には戦争の渦に巻き込まれ、奉献された多数の宝物が消失してしまいます。

「射楯大神」​は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子神で、日の本の国土を緑豊かな国にされた植樹の神様だそうです。勝利や幸福へ導く道開きの神様でもあるそうです。

「兵主大神」は大己貴命(ひょうずのおおかみ)と称して大国主命・七福神の大黒様と呼ばれているそうです。

NHK大河ドラマでも有名な黒田孝高こと黒田官兵衛、またの名を黒田如水。

この黒田官兵衛の父、職隆も拝殿や神門を再建したり、官兵衛も制札を与えるなど行い、保護に努めたそうです。また、豊臣秀吉より自身の旗を立てることを許されたため、父子共にここ播磨国総社で7日間にわたり祈祷を行ったそうです。

※制礼=禁止事項や布告などを書き記し道端に建てる札

薬屋から身を立て、小寺家に拾ってもらったような身分の小さな小さな黒田家。

世は戦国。生き残りをかけた日々で情勢に振り回されるのが必定。何時滅んでもおかしくない、死と隣り合わせの最中、愛する人を失った失意の官兵衛に祖父の重隆が叱責します。

「このたわけ者!命を無駄に使うでない!お前は命の使い道をわかっておらん!」

「どんな薬草にも紡ぐには時があり、どんな命にも使い道がある!」

と孫を陰で支えてくれます。また、父の職隆もこう諭します。

「怒りはまた喜ぶべく、憤りはまた悦ぶべきも、亡国はまた存すべからず、死者はまた生くべからず」

坂本龍馬も同じようなことを言ってますね。「憎しみからはなんちゃ~産まれはせん」てね。皆、親や書物から大切なことを多感な幼少期に教わっているのですね。

幾多に及ぶ戦乱の世を駆け抜けながら、1588年に讃岐国(香川県)の高松城を、1589年には安芸国(広島城)を設計したのち、家督を息子長政に譲ります。そして自らを「如水」と称したい旨を秀吉に進言し、謀反の気概がない事を訴えます。その裏には、全戦全勝をもたらす官兵衛に、秀吉は絶大なる信頼とは裏腹に、恐怖も感じていたからではないでしょうか。

大きくは、有岡城攻めとなる荒木村重による謀反から始まり、別所長治の三木城攻め、鳥取城や備中高松城を治める毛利軍との戦、明智光秀を中国大返しにて討った山崎の戦い、四国は破竹の勢いで攻め寄せてくる長曾我部元親を撃破し、九州平定の為、最大勢力であった島津義弘までも攻略。右腕として最高の軍師ですが、秀吉が恐れるのも無理はなかったでしょう。

「勝つことばかり知りて、負けること知らざれば、害その身に至る」と徳川家康が残しています。負けを知らないものは、足元をすくわれる。大勝負に負けないように小さい勝負には負けると言う経験を積んでおく。と言う事。ですが、やはり、全戦全勝はそれを超越します。結果的に負けないようにするのであれば、一度も負けない事が先決です。究極ですが。それを成しえたのが黒田官兵衛。

「天下最も多きは人なり。最も少なきも人なり」全戦全勝・百戦錬磨の黒田官兵衛でも、こう言っています。「良い人と出会う事が出来たのであれば、自分の仲間になってもらえるように万策を尽くさなければならない」と。つまり、でんと胡坐をかいていてはいけませんよ、どれだけ名が通っていようと、此方から参って行かなければ、勝手に相手からよってくるものではない。と言っているように私は感じました。

日もすっかり沈んでしまい、歴史に少し触れたので満足しながらコーヒーを飲む。

そうそう、黒田家には「黒田二十四騎」という強者ぞろいの家臣がいます。

命の大切さを掲げる殿にお仕えした者達で、相当恐れられる存在であったに違いありません。

福岡市博物館には「母里太兵衛の槍」や「金印」など多くの資料が展示されていますので、時間を作って見に行きたいものです。

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