レガホのブログ 

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軌跡⑩

おっ!これにしましょう。一発で決まってしまいました。名前が同じという事だけですが。 サラリーマン時代、会社の先輩や同僚に勧められて始めたゴルフ。 今年で5年目になりますが、一つも上達しませんね。アヴェレージ110~120といった具合です。 頂いたクラブで十分楽しめたのですが、「替えてみたら」の一言で、一式揃えなおすことに。 ですが、何をどう選べばいいのか。「試打してきめたら」の一言で、近所のゴルフ屋さんへ。 何気に陳列されているクラブを見ていたら「おっ」って思いましたね。 試打せずに決めちゃいました。 綺麗なんですよ。中古なのに。ピカピカしています。なんかクラブに申し訳ないですね。 これからへたくそに使われることが決まっちゃったのですから。 一矢報いるためにも、このクラブで100を切ってやろうと心に決めました。

身近なスポット②

【CARBONIERA del TORO】 兵庫県西宮市名次町11-15 【大阪王】 兵庫県伊丹市中央1丁目9-16 先日「夙川会」なる懇親会に出席した際に、皆様方に色々と教えて頂いたお店に早速行ってまいりました。 TV等のグルメレポーターの表現方法に、普段から「視聴者にはなかなか伝えにくいんだろうなぁ」「苦労してるよなぁ」と思いながら見ていることが多いのですが。 自分はというと「あかん、これは・・・旨い!」としか表現できないことを知る。 本当においしいんですよ。「食べ過ぎて苦しい」ってなりましたね。語彙力と表現力と食に明るくない私には味を伝えることがあまりにも難しいので、ぜひご興味のある方は直接食べに行ってください。

軌跡⑨

「ヤマハ大人の音楽レッスン」に参加したのは今から5年ほど前の2011年頃になります。 一回60分 月3回のレッスン。 レッスンは、音の出し方や音符の読み方、指の位置などの指導と言った基本からスタートします。 最初はアルトサックスをレンタルで使用していました。ピカピカと綺麗で何よりもその滑らかな曲線が、繊細なネックからベルまでのフォルムが、デザインの彫刻が各所に施されていて、触れるのに躊躇しそうな第一印象でした。だって万一、落っことしたら今にもボコボコに凹んでしまいそうな、そんな感じでしたね。 サラリーマン時代、たまに仕事が忙しくなると、現実逃避したくなるのか「あれもしたいっ・これもしたいっ」と次から次へと遊びたいことが浮かんできましたね。それをささっとメモしていました。いつかやろうっみたいな感じで。 夜の部に参加させて頂いたのですが、同じ教室に8人くらいが皆初心者で着席していました。ドキドキしました。 それこそ、高齢の男性(定年後の趣味にとおっしゃっていました)や主婦、OLや大学生もいましたね。 「ふーっっっっつ!」まったく音が出ませんでした。恥ずかしかったですよ。乾いた音が防音の部屋いっぱいに響くのですからね。一人づつみんなの前でやらされます。その後、音の出し方などを教わって何とかって感じでした。 楽器専門店など、今まで入ったことがなく、緊張しましたね。楽譜や楽器周りの部品というのか、色々な小物があたり一面に展示されていました。店員さんに「リードください」と伝えると、にっこりして手渡してくれました。 こちらが緊張していることを察してくれたのかと思い

軌跡➇

「オープン・ウォーター・ダイバー」ライセンス取得してきましたぁー! 大きな声で勢いよく飛び込んできたのは、当時同僚だった後輩のK君でした。 以前から、スキューバーダイビングの話をしていたのですが、そこまでして行きたいのかと正直驚いたものでした。 と言うのも、私が「じゃあ、オープン・ウォーター・ダイバーのライセンス取得したら行こうか」と軽~く言った事がきっかけだったと思います。言った私も覚えてないくらい軽~く。 私たちの仕事は定休日が水曜日のため、友達との交流が非常に難しいんです。友人の結婚式に出席することすら大変だったんですよ。若いK君も例外ではありません。 「ダイビングに興味のある友人はいても、日程が合わないだろうな」「2日掛かるから日程的に断念かな」と思って、こちらはなんの用意もしてなかったのですが・・・。 一人でサラ~っと申込から取得まで。やりますねぇ。速攻でしたね。 という事で、約束通り一つ上のレベル「アドヴァンスド」に挑戦することになりました。インストラクターの付き添いでお互いの機材確認「ダイブコンピューター・BCD・ゲージ・レギュレーター・フィンやマスク」。入念な準備体操のあと入水。17も年の差があるとはいえ、体力には自信のある私にとってショックなことが多かったですね。中でもボンベの残圧。同じ距離を潜るのですが、「クウキ」の減り方が半端ない。ゲージをちょくちょく見ては息苦しくなってくるんですよ。彼は難なくこなしていきます。私はついていくのがやっとでしたね。 しかし、水中は気持ちいものです。無音。魚がいっぱいいます。私はたまに釣りもするのです

身近なスポット①

ゴールデンウィークも残すところ後わずか。 という事で、天気快晴で気分もいいのでチョット気軽に行ける散歩道を探し始めました。 まずはパン屋さん。めっちゃ可愛い感じでしょ?中に入ると常連さんらしきマダムがいっぱいでした。 「un peu de」 神戸市東灘区森南町 JR甲南山手から徒歩3分 陳列されたパンはどれもおいしそうでした。まずは6コ購入。 お昼になったので、お腹がすいてきました。そこで以前先輩から紹介されていたとんかつ屋さんへ 「葉音」 西宮市羽衣町 阪急「夙川」駅徒歩1分 まず、写真では伝わらないことに悔しさすら覚えますね。めちゃくちゃ柔らかいんです、肉が。 豚肉ってこんなにに柔らかいのかと一口目から驚きです。ペロリっと一瞬で無くなってしまいました。 食後にドリンクサービスまであってゆっくりさせて頂きました。おいしい食事を頂けました。ごちそうさまです。 そうそう、おかみさんが本当に丁寧な対応してくれたんですよ。「また来てくださいね」って言われて、素直に「はい、必ず」と答えていましたね。 美味しそうなパンを片手に向かった先は 「武庫川廃線跡地」 電車の場合はJR福知山線「生瀬」駅下車して西宝橋から北上すること約7㎞。 帰りは、同じく福知山線「武田尾」駅から乗車すれば大丈夫。 途中6箇所あるトンネルは、どれも照明がなく中は真っ暗なんですよ。中には先が全く見えないトンネルもあります。 懐中電灯があったほうが良いと思います。携帯電話のライトと、たまたま大型の休日のため人が多かったので声を頼りに進むことにしました。 家族連れやカップル、学生さんたちなど沢

軌跡⑦

卒業旅行でグァムに行くことになった1994年の夏。就職活動に終わりを告げて、残りわずかとなった学生時代を気の合う仲間と過ごす。 そんな素敵なことは想像だけで、実際には単位不足で卒業できないとまずいため、4年間で一番通学した時期でしたね。 学費は国民金融公庫を利用して融資を受けて入学し、月々の生活はアルバイトで生計を立てていたため、毎日バイトしていました。そうですねぇ、休みは2日/月あったかどうか。その中で慣れていない連続通学。片道1時間以上かかる中、頑張って通いました。当たり前のことですが。 スキューバダイビングのライセンス取得しないか。と一人が言い出したことがきっかけでこの旅行が企画されました。そもそも海外で取得する資格は国内でも有効なのか、とか、費用が高いんじゃないかなど今では考えられない質問疑問。当然今ならネット検索で解消することなのですが。でもそこが楽しかったんです。 何でもすぐに答えが解ってしまう今の時代、考える前に他人の模範解答が用意され、無難にそれを選んでしまう。もしくは複数回答があると、事前に考えてないので対応できない。といった事に陥ってしまいます。 出発日当日「後から追いかけるから先に行っといて」と友人からの連絡。内定を頂いていた会社から急な呼び出しがあったようでした。一人少ない機内では、なんか盛り上がりに欠けるなぁと皆思っていたように記憶しています。

軌跡⑥

夢は大きく。 社会人になって日々の生活にも変化がほしくなってくる30代になったころ、先輩方との会話の中によく出てきたのが「船」に関するものでした。当然ながらそれまで縁遠い存在であり、興味もありませんでしたが、次第に心魅かれていくようになりました。 「船舶免許を取りに行こう」となり、先輩にくっ付いていく格好で「株式会社大阪マリン」の門をくぐりました。車の免許と違い、見るもの触るもの全てが新鮮で興奮気味でした。 受験したのは2級小型船舶操縦士(総トン数20トン未満の船舶で、海岸から5海里(約9.2km)までの海域を操縦できます。長さが24メートル未満で用途がスポーツやレクリエーションに限られる等の一定の基準を満たせば総トン数20トン以上のボートでも操縦することができます。 ※現在では2級免許を取得されても水上オートバイに乗られる場合は、特殊小型免許が必要です) 学科試験が先にありますが、ロープの結び方や専門用語に慣れるまで戸惑いもありましたが、そこは何とかクリアして。ようやく本物の船に乗り込むことができました。 実際に操縦すると、船首は直ぐに上がり視界不良になるし、面舵・取舵をいちいち考えないとハンドル(舵)を切れない。切ってもすぐ反応しない。車との違いでいうと車はブレーキを踏んで速力がゼロになるとその場で止まってくれますが、船は風と潮に流されその場に止まる事はできません。接岸する壁に激突するのではないか、他の船に当たると思って止まろうとしても止まれないなどこの辺りが難しいところでした。 帰り道、皆で免許を見せ合い喜びを分かち合いつつも、将来は1級免許を取得しようと大人

軌跡⑤

1980年代終盤から猛烈な勢いでバンドブームが巻き起こっていたように思います。特に高校生活には音楽が欠かせなかったイメージが残っています。プロのミュージシャンを目指していた友人も多くいました。実際に友人のライブは大盛況でしたが、激しすぎて出入り禁止になった会場もあったと聞いています。それだけ熱中し、皆がのめり込めたすごくいい時代だったんですね。 私はというと、バスケットボール部で汗を流すといった感じで、音楽センスがなかったため常に聞く側でしたね。ステージ上の皆がすごくイケてる感じで憧れていたりしました。 当時好んで聞いていたのは「BOØWY」・「RED WARRIORS」・「THE STREET SLIDERS」・「REBECCA」・「JUN SKY WALKER(S)」・「LAUGHIN' NOSE」・「Theピーズ 」・「THE BLUE HEARTS」・「BARBEEBOYS」・「SHOW-YA」・「プリンセスプリンセス」・「ZIGGY」・「ユニコーン」・「X JAPAN」・「LINDBERG」切りがありませんね。メジャー・インディーズに限らず「すごい」って思ったら何でも聞いていました。 当時は今みたいに「試聴」なんてありませんでした。もちろんYouTubeもないし携帯電話もない、通信手段はあってもポケベルでしたね。 毎日が発見であり、感動であり、チャレンジであったあの熱い時代は形を変えて今も私のなかで輝いており、それを鮮明に再現してくれる、当時の色や匂いまで思い出させてくれる、そんな一曲一曲にものすごく感謝しています。

軌跡④

私は以前8年間にわたり単車に乗っていました。そう、雨の日も風の日も毎日。メカニック的なことは殆ど知らない状態でしたが、不具合があれば単車が私に教えてくれていました。車とは全く違く感覚がたまらなく好きでしたね。 上段はKawasaki FX400R(水冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒) 下段はKawasaki ZRX1200R(水冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒) 高校生時代に中型二輪免許を、社会人になってから大型自動二輪の免許を取得しました。小学生の時、親戚のおじさんが乗っていたオフロードバイクに、初めてまたがったときのドキドキ感は自分の中ですごかったですね。視界の高さもさることながら、今にも走り出しそうな熱みたいなものを感じたのを覚えています。鉄の塊のはずが、組みあがると生き物のような感じといったところでしょうか。 16歳を迎えるとすぐに免許を取るため教習所へ申込み。異常な興奮が体の中を突き抜けていきました。 当時何故か大阪府下での申し込みができなかったように覚えています。わざわざ電車で京都府京都市にある(今もあります)デルタ自動車教習所に通いました。(生徒の大半はデルタに通っていたんではないでしょうか) この時代の背景について知ってる人は知ってると思うのですが、「ビーバップハイスクール」に代表されるヤンキー漫画が大流行していました。私と同じ年恰好の男子は気合が入った方々も多かったように覚えています。(白い学ランの人もいましたね。教官に突っかかってた人や、無茶苦茶アクセル吹かせたり、終了印を押してくれなかったと喧嘩になってたり)今は平和になっ

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