in滋賀県

ここは、豊臣政権五奉行 佐和山10万石の領土を収めたとされる歴史の授業でもしょっちゅう出てきた 戦国武将「石田三成」誕生地です。

25歳にして従五位の下の位を受けて、生涯秀吉に尽くした忠義に満ちた武将です。

少年時代、観音寺で過ごしたとされる三成のもとに鷹狩りに赴いていた長浜城主羽柴秀吉(後の豊臣秀吉公)が喉が渇いたため立ち寄り、その姿を見た三成は白湯を用意しました(三椀の才)。1杯目は大きな湯飲みにたっぷり白湯を注ぎ、一気に飲み干すと、二杯目を所望する秀吉に一杯目より少し熱い湯を半分注ぎました。三杯目には熱い湯を注いだと伝えられているようです。相手を思いやるこの行為がきっかけで秀吉に召し抱えられることになったそうです。

石田三成が眠っているとされる場所です。

辞世の句が石に刻まれていました。

昔の人は、言葉一つ一つに重みを残していると思います。

「大一大万大吉」一人が万民の為に、万民は一人の為に、これ尽くせば天下の人々は皆幸福になれる と言った意味があるとか。

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