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厳しい籠城戦に勝利!勝山城

  • 2020年8月6日
  • 読了時間: 5分

更新日:2 時間前

勝山城とは杵築城のこと


〒873-0001 大分県杵築市大字杵築665-172


勝山城とは室町時代初期、木村氏によって八坂川の河口にある台山の上に築かれた「杵築城」のことです。

海と城のコラボレーション!最高です!素敵!しあわせ!


海沿いの崖の上に建つ城、青空の下、周囲には木々や桜が咲く。遠くに広がる海と穏やかな雰囲気。

1394年に2年の歳月をかけて築城された杵築城は、三方を海に囲まれた小島の高台にあり、天然の要害としての機能や、干潮時にだけ西に開けた陸地と行き来できると言った特殊な立地です。


城の警備としては素晴らしかったものの、自然災害による被害も多く、九州平定後の1645年に藩主となった松平英親により、幾多に及ぶ幕末の戦乱時を乗り越えたこのお城も、慶長20年(1615年)大御所である徳川家康の命により発令された「一国一城令」により台山の主郭部は破却され、城郭機能は台山北麓の居館に移されました。


現在あるのは模擬天守です。


石畳の道に黒い木製の灯篭が立つ。背景には石垣と白壁の建物、青空が広がる。静かで歴史的な雰囲気。

酢屋の坂

戦国時代に入った頃、大友宗麟と島津義久(子:義弘)との戦の舞台にもなりました。


ある時、豊臣秀吉の九州征伐に先駆けて、九州統一を目論む島津方は3万の大軍を率いて豊後の諸城を次々と攻め落とします。


杵築城へも攻め寄せますが、2ヶ月に渡る壮絶な籠城戦の末これを退けます。「勝山城」と言わしめた戦です。


その大友氏も、二代目義統の時代に朝鮮出兵の際、敵の大軍襲来を受けて、持ち場から戦線離脱したことがきっかけで、秀吉より改易を命じられ大友氏の事実上滅亡となります。


桜の木が咲く日本の町並みに、飴屋の坂と酢屋の坂の標識が立つ。背景に和風家屋と青空。案内標と静かな雰囲気。

ここ杵築城下町には見どころが一杯あります。


全国で唯一と言われる「サンドイッチ型城下町」形式。小高い山々に囲まれた城下町では、杵築城を中心に山手に武家屋敷、谷側に商店を配置しており、山手から見下ろすと、サンドイッチ状に挟まれた凸凹状に商人たちが暮らしているように見えることが由縁だそうです。


この石畳の上を、武士や商人が平穏な時も、有事の時も往来していたのだと思うと、感慨深いものがあります。


もちろん当時は電灯などはなく、夜道は灯籠がぼんやりと辺りを照らして、風情があったのでしょうね。


石段が続く静かな通り。両側は石垣と木の柵で囲われ、遠くには木々と青空が見える。階段横に赤い花が咲いている。

日本一小さなお城と名高い杵築城です。(模擬天守:文献や絵図、絵画資料や古写真等が確認できていない、又は特定に至らない状態で建てられたもの)


現存天守」で日本一は、世界遺産になっている天守「姫路城」で、日本一小さな天守を持つのは四国香川県にある「丸亀城」だそうです。



また、丸亀城は石垣の高さも日本一で、城内にある井戸の深さも日本一。


もちろん、「現存しない天守」「木造復元」「外観復元」「復興」等の天守を含めると歴史上の最大天守は「江戸城」で、次いで「大阪城」、「名古屋城」と続きます。


石畳の坂道の風景。両側に石垣と緑の木々が続く。晴天の下、遠方に伝統的な建物の屋根が見える。静かで落ち着いた雰囲気。

街並みが美しい事は、散歩するとすぐにわかります。


さすがは「九州の小京都」と言わしめるだけの事はあります。


至る所に多くの坂があり、お城に一番近い坂を「勘定場の坂」と呼び、江戸時代に税収や金銭出納の役所があったことからこんな風に呼ばれたとか。


大きな開発工事も無かった様で、街並みは江戸当時に近いそうです。


伝統的な日本の木造建築が並ぶ通り。白い壁と古い木材が特徴で、入り口には日本語の看板が掛かる。青空が広がる。

表通りには、今なお白壁造りの建物が、軒を連ねています。


風情と情緒が感じ取れること間違いありません。着物や浴衣姿の人も散見され、一気に時間が巻き戻ったかのようにも感じます。


白い壁の伝統的な和風の建物。正面に「柏屋 神田味噌店」の看板があり、紫の暖簾と植物が飾られている。晴天の下。

当時はお米に塩、醤油に砂糖なんかも売っていたのでしょうか。


料理に必要な「さしすせそ」以外にも、着物や下駄や足袋なんかも売ってたのでしょうね。せっせせっせと荷車を押して、在庫が無くならないように、流通も行われて、活気があったことでしょう。


飴屋もありましたね。鍛冶屋はなかったかな?今度探してみたいと思います。


岩の背景に木製の看板と竹で覆われた石の井戸。看板には日本語の文字が記され、周囲に緑の植物が見える。穏やかな雰囲気。

高札にはこう書いています。


市指定史跡 岩鼻の井戸・岩鼻の坂 歩くことが、交通の手段だった江戸時代では道路脇の清水や井戸で喉を潤していた。


この井戸は谷町の岩鼻の下にあって、町筋唯一の井戸であった。武士、町人、農民も利用し藩命で井戸をさらえた。岩鼻の地名は、岩が突出しているからであり、・・・


なんと、階級制度が厳しい時代に、階級間差別なく水が飲めたんですね。すごい!


石畳の坂道をバックパックを背負った人物が上っている。両側に白い建物と石垣が並ぶ。青空が広がり、静かな雰囲気。

実際に坂を上ってみることにしました。


見た目以上に急な坂ですが、なんとも気持ちよく、ここに来れた事への感謝の思いで、一歩一歩踏みしめながら登らせて頂きました。


向こうから髪を結った武士や町人が見ているような気がして(笑)


鉄板の上で牡蠣が焼かれ、おいしそうな香りが漂っている。背景にはキャベツのサラダとレモンの添え物。シンプルな食卓風景。

散策しすぎてお腹が減って来たので、昼食タイムです。

やって来たのは「杵築・守江湾 魚市魚座http://www.uoichiuoza.jp/index.html


大分県の牡蠣生産量は、全国18位。


広島県とは量こそ違えど、ここ守江湾で採れたてを食べたら質では負けませんよ。「海のミルク」と呼ばれる牡蠣はビタミン・ミネラルが豊富で、生・焼・フライ・鍋と何でもおいしい食材です。


何と言っても新鮮が一番!しかもここでは自分で焼けるスタイル!まずは平たい方の面を下に向けて焼き始めます。


和風の木製テーブルに置かれたグレーのトレイに、ご飯、みそ汁、キャベツの千切りとタルタルソース付きのカキフライ定食。

店内も広々として、200種類もあるお土産屋さんや、じゃこ天、鱧天を揚げてくれたりしてくれるブースもあります。


もちろん新鮮な魚介類も取り扱っており、その場で調理もしてくれます。


窓辺に広がる守江湾を見ながら、まるでバーベキューをしているような雰囲気で美味しい料理を提供してくれる、超素敵なお店でした。ご馳走様でした。又ちょくちょく来ますね。



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